春になっても溶けないで

どうしよう。名乗っておいた方がいいだろうか。

色黒な男の子は、まだ私のことをジロジロ見つめてくる。


「あの、ええっと、桃瀬 凛っていいます。」


少し早口になりながらも、なんとか話すことができた。

人見知りの私にしては、上出来だ。


「へぇ〜。桃瀬さんか。俺は片山 大輝よろしく。」


そう言って、大輝くんはへにゃりと笑った。

濃くて少し怖い顔つきとは、とてもギャップのある笑い方だ。


なんだか、可愛い。そう思った。


「あ、俺もう行かないと。じゃあな。」

大輝くんが、時計を見てそう言った。

時計を見ると、もう授業が始まる時間だった。


「うん。」


悠が、優しく微笑んでそう言った。

大輝くんは『失礼しましたー！』と言って、勢いよく保健室を飛び出していく。




「いい人だね。大輝くん。」


ポロリと、そう呟いた。

悠も、大輝くんも、お互いのことを大切にしていることがよく分かる。


なのに悠は、どうして死にたいだなんて言うのだろう。


「うん。」

悠は、とても嬉しそうにそう言った。

その時だった。

ーーあれ？

制服から少し覗く悠の首に、傷のようなものが見えた。

あざ…のような、傷。


「首の傷…どうしたの？」

そう言った瞬間、空気が変わるのが分かった。

さっきまで笑っていた悠の顔から、笑顔が次第に消えていく。

聞かない方が、良かったかな。どうしよう。


悠の唇が震えている。きっと、触れてはいけないことだったんだ。


悠を、傷つけただろうか。


「あら、そこの2人。具合は大丈夫？」

保健の先生が、話しかけてくれた。

呼吸が楽になるのが分かった。もしかして、変わった空気に気がついて話しかけてくれたのかもしれない。

「はい、大丈夫です。」

悠が、やんわりと笑って言った。


でも、無理をしているように見える。


悠の、首の傷。どうしても気になる。



ただ、打っただけじゃないはずだ。

もしかして誰かに、傷つけられた？

それが苦しくて、死のうとしていた？


でも、一体誰に？