春になっても溶けないで
***

その日の放課後。

保健の先生が職員室に戻ってから、私と悠は2人きりだった。

そのシュチュエーションに、なんだかドキドキしてしまう。


そっと、隣に座る悠を見つめた。

あれから、悠は何もなかったように接してくれる。本当は、傷ついているはずなのに。


でも私は何となく気まずくて、『えっと』とか、『あぁ』とか、ぼやけた返事しかできなかった。

「一緒に帰ろう?」

悠が、こっちを見て言った。

その顔はやんわりと微笑んでいて、無理しているようには見えない。

でも、きっと悠は無理をしている。

『死にたい』と言うくせに、普段の悠からそのような暗い部分は見えない。

どちらかといえば明るくて、『死にたい』とは正反対の人に見える。

きっと、傷ついた部分を隠すのが上手いだけなんだ。


「えっと、うん…」

また、ぼやけた返事をしてしまう。


悠は、私の返事を聞いてさらに目を細めた。


この嬉しそうな表情も、全部嘘なの?



「やった。凛、一緒に行こ。」


そう言って、悠が手を繋いでくる。

私もぎゅっと、握り返す。



傷がどうしてできたのか。この表情は全部嘘なのか。分からないけど、今は悠を信じていたい。


「あら、2人とも、もう帰るの?」


するとそこに、保健の先生が帰ってきた。


「はい。」


悠が保健の先生を見ながらそう返した。


「分かったわ。そういえば桃瀬さん本好きだったわよね?図書室に、新しい本が入荷されてたわよ。行ってみたら?」


保健の先生は、私を見てそう言った。

確かに私は本好きだけれど、なんで保健の先生が知っているのだろうか。


「なんで本好きってこと知ってるんですか?」

小さい声でも、なんとか言えた。

聞こえていたら、いいのだけど。

「だって桃瀬さん、いつも図書室にいるじゃない。本好きなのよね?」


ばっちり聞こえていたららしく、保健の先生はそう返してくれた。


確かに私は、よく図書室にいた。

図書室は、中本さんに見つかることもなく、安全に読書をできる場所だ。


私にとって図書室は、とても大切な場所だった。


「はい。本好きです。」

今度は、さっきよりも大きく。ちゃんと聞こえるように、少し大きめに声を出した。





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