春になっても溶けないで
***

「ただいま。」
そう言って、自宅のドアを開けた。

「おかえりなさい。」

お母さんと妹が、こちらを見て言う。
お父さんは、まだ帰ってきていないみたいだった。

家の中は安全だ。優しい家族しかいない。
美味しいご飯を作ってくれるお母さんに、勉強を教えてくれるお父さん。さらには、友達みたいな妹、綾がいる。
学校に居場所がなくても、私には家がある。そう思って過ごしてきたけれど、そろそろ限界だった。

私たちにとって学校は『世界』だ。そこが一番重要で、一番大切な場所。
そこで上手くやれなければ、『世界』が終わったということなのだ。
大人からすれば、そんなのバカみたいな考えに思えるかもしれない。でも、私たちからすれば学校はそれくらい大切な場所だ。

そして、私は学校で上手くやれていなかった。

いや、上手くやれていない程度じゃない。私は、クラスの中でイジメを受けている。主犯格は、中本さん。
上履きを隠された。ノートに落書きをされた。そんなの、数え切れないほどあった。

『死んだらいいんじゃない?』

中本さんの言葉が蘇る。
明日、殺されるのかもしれない。そう思うほど、中本さんの表情、言葉はとても怖かった。
学校に、私の居場所はない。ううん、居場所はあった。でも、中本さんに奪われたのだ。

ふっと、雪みたいな少年、悠のことを思い出す。

もしかしたら悠が助けてくれるかも。居場所を、作ってくれるかも。

悠はきっと、友達が多いのだろう。だって、容姿がとても整っている。それに、明るい喋り方。

もしも、悠と仲良くなれたら。そしたら、もしかしたら友達を作れるかもしれない。
そうしたら、もう一度、やり直せるかも。そんな希望が湧いてくる。

悠とは、今日一度話しただけの関係だ。
けれど、たったそれだけの関係でも縋りたくなる。それくらい、私には居場所がなかった。

けれどーー

『死に場所を探さない?』

あれは、どういう意味だったのだろう。
悠は、死に場所を探しているのだろうか?


あの明るくて元気そうな、悠が?
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