春になっても溶けないで
***
朝は、戦いだ。痛くなるお腹を押さえて、頑張って学校に行かないといけない。
そして今、私はまだ布団の中だ。
いつも通り、お腹が痛い。お腹、というより、胃だろうか。
胃が痛い。でも、心なしかいつもよりマシな気がした。

きっと、悠のおかげだろう。悠と会えるかもと思うと、お腹が少し軽くなる。
少し頑張って、布団から顔を出した。それから、体を出す。
まだ力の入りきらない体を起こして、私はなんとか布団から出た。

けれど、フックに掛けてある制服を見た瞬間、腹痛がまた襲いかかってきた。
あまりにも痛くて、しゃがみこんでしまう。

その間にも、カチ、カチと音を鳴らして時計の時間は進んでいく。
遅刻したくない。遅刻すれば、内申点が下がる。そうすれば、大学に行くのも困難になってしまう。


けれど、昨日の光景がフラッシュバックして心が一瞬で恐怖に染まった。
不敵に笑う中本さん。その周りにいるクラスメイト。
バケツの水をかけられて、びしょ濡れの私。
そしてーー

『死んじゃえばいいんじゃない?』
その言葉をケロリと言う、中本さんの口。
その後私は、教室を抜け出して外階段へ…

私がそんなことを思い出している間にも、カチ、カチと時計の針は進んでいく。

早くしないと、遅刻してしまう。一度遅刻すれば、きっと私は遅刻を繰り返すだろう。
そうなれば、内申点が下がってしまう。
そうすれば、大学に行くのも困難になるかもしれない。それでも、普通の人ならなんとかなる。でも、高卒の私みたいな人間を、雇ってくれる会社なんてこの世のどこにもないのだ。
そうなれば、いよいよ私の人生は詰んでしまう。

ここで遅刻して内申点を落とす羽目には、絶対になりたくない。

昨日まで死のうとしていたのに、内申点のことを気にするなんてと少し笑ってしまう自分がいた。

それでも、腹痛は治らない。
なんとか立ち上がり、フックに掛けてある制服を取った。

お腹が痛くて泣きそうだ。でも、泣いてはいけない。
泣いてしまったら、家族に学校でイジメられていることがバレてしまうではないか。

誰かに助けてほしい。でも、家族には頼れない。
クラスの人になんて、もってのほかだ。

どうしよう。


「悠…助けてよ…」

聞こえるはずがないのに。仮に聞こえていたって、悠が助けてくれるはずがない。
だって悠からすれば、だった一度しか話していないただの女子に過ぎないのだから。

私にとっては、心が折れそうな時に話しかけてくれた命の恩人のような存在でもーー


「どうしたの?」

声がした。最初は、まさかと思った。
きっと、空耳だ。だって、悠がここにいるはずないんだから。

そう思っていた。けれどーー


その声の主は、間違いなく悠だった。


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