春になっても溶けないで
悠がいるのは、隣の家だった。
私の家は隣の家ととても近い。それに、私の部屋は隣の家の窓の近くにある。
だから、隣の家の人が窓から顔を出せば話せるし、私が窓から顔を出しても話すことができる。お互いが窓から顔を出せば触れ合えるくらいには近い距離だった。
悠は隣の家の窓から顔を出して話していたのだ。


でも、なんで悠が隣の家にいるのか全くわからない。隣の家は長い間誰も住んでいなかったはずだ。


「なんで…いるの?」

「ん?ここ、俺の家になったんだよ?」


「ふぇ?!」

間抜けな声が出てしまった。

「ひ、引っ越してきたっていうこと?!」


「そうだよ。」

悠は、なんでもないことのように普通に返事をした。

「昨日引っ越してきたんだ。気がつかなかったの?」


「う、うん…」


昨日も朝からこんな調子だったから、外を気にする暇なんてなかった。

「え、でも昨日引っ越してきたなら、なんで昨日学校に…」



「転校はしてないよ。俺はずっとあの高校にいた。」



そういうことか。引っ越したから転校とは限らない。

「で、助けてほしいの?」


「…え?」


すると、悠は窓を乗り越えて私の部屋に入ってきた。
近いから乗り越えられるとはいえ、とても危ない行動だ。
ここは二階なのだ。隣の家と私の家がいくら近いからといえ、少なからず隙間はある。
その隙間から落ちる可能性だって、多いにあるというのに。


「お、落ちたらどうするつもりだったの?!」


「別に落ちてもいいよ。死ねるなら。」



「…え…」


『死ねるなら』という言葉を口の中で反芻する。



「死にたい…ってこと?」


「そうだよ。」


なんでもないことのように、悠が言った。


「で、何を助けてほしいの?」


「えっ…その…」

なんて言おう。イジメの話を、してもいいのだろうか…?
言葉に詰まる私を、悠は静かに見守ってくれていた。
その目はとても優しくて、私は不思議な気持ちになる。
悠になら、全部話せる。そう、思った。


「イジメられてるの…中本さんが主犯格で、クラスのみんなも中本さんに合わせてる…」




「そっか。」

悠が、柔らかく笑った。

「話してくれてありがとう。苦しかったね。俺が助けてあげる。」

悠が、私の顔を覗き込んできた。
やっぱり、綺麗な顔をしている。
その目は、とても優しげに私の姿を映していた。


「なんで…なんでそんなに、優しいの…?」


悠にとっては、ただ一度話しただけのただの女子に過ぎないはずなのに。
そんな女子を、イジメから救ったり、してくれるはずがないのに。

「なんでって、そんなの決まってるじゃん。」


ふっ、と悠が笑った。
また一歩、私に近づいてくる。

「凛が好きだからだよ。」



悠は、雪みたいだ。
ふわふわしていて、掴んでもすぐに溶けてしまう。


それと同じように、悠はとても掴み所のない男の子だ。

だって、こんな私に、いきなり告白してくるんだから。

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