境界線を越えたくて
「え、え、え」

 先におかしなアクションを起こしたのは私だけれど、彼のこの振る舞いもおかしいと思う。
 ドキドキと耳の底で聞こえる速い鼓動はきっと私の音。それなのに波打つ彼の胸板が混乱させてくる。
 
 もしかしたら坂口くんも、ドキドキしてくれているの?

「体育館にでもいんのかなあ」

 坂口くんが健二と言ったその彼がベランダへと続く扉をピシャンと閉めると、訪れた静けさ。

 ドキドキドキドキ。

 まだこんな音が、響いている。

「坂口くん……?」

 彼が去ってもなお胸元に置かれて狼狽(ろうばい)した私は、離れたくないそこから逃げたい素振り。

「いきなり押し倒してごめん。もう教室戻ろ?」

 上目で彼を見やれば絡む視線。
 坂口くんの顔が好き。
 もうそんなことでは済まされない胸の高鳴りが、私を支配していく。

「水沢さん」

 泡沫(うたかた)にも似た声だったから、彼が消えてしまうのではないかと一瞬思った。

「なに?」
「ごめんね」
「え?」
「ごめん……」

 どうして謝られたのかわからなくて「なにが?」と聞くけれど、彼はそれ以上何も言わなかった。

 桜の木は相も変わらず裸んぼう。今月中には花が咲くとテレビは言うが、そんな気配は一切感じて取れない。
 私たちの卒業式には間に合うのだろうか。私が彼へ想いを伝えるその時に、春色はそこにある?

 今すぐにでも伝えたいこの想い。

 それなのに私はまた大事に大事にそれを抱えて、胸の中にしまい続けて。同じ(あやま)ちを繰り返すことに気付かない。
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