境界線を越えたくて
 そろりと左に横目を送る。隣のクラス、三年一組のベランダ。両腕を手すりに預けた坂口くんは、空を見て笑っていた。そしてその目が私に向けられてしまえばもう、詰まる息。
 遠く小さくなったシャツを指さし、彼は言う。

「下着じゃなくてよかったよね」
「え」
「シャツじゃなくて下着だったら、恥ずかしいじゃん」

 ははっと微笑む彼がキラキラしていて、ほんの少し、目を細めた。

「そ、そうだね」

 中学生活を振り返り見ても皆無な彼とふたりでする会話。途端に心臓が、バクバク騒ぐ。

「どうしてこんな風の強い日に、ベランダなんかにいるの?」

 私に一歩近寄って、胸元に手をあてて、坂口くんは聞いてきた。
 私たちの間には何の隔てもないけれど、壁と同化した柱が突起しているそこで彼の一組と私の二組のテリトリーは分かれているから、彼もそれ以上は近付かない。
 さらりと(なび)いた彼の襟足を見つめ、私は答える。

「さ、桜を見てたっ」
「桜?」
「さ、桜の木っ」

 あそこ、と校庭の隅を指で示せば、坂口くんは小首を傾げていた。

「蕾?」

 ピンクのひとつにも染まっていないその木はまだ冬仕様。何の面白味も感じられぬ光景に、暫しふたりで目を落とす。
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