境界線を越えたくて
「やっぱりまだ蕾のままだね」

 明日もここにいる?と聞いてきた坂口くんは、翌日のベランダに来た。

「いつ咲くんだろう」

 ひょっとして、の覚悟はしていた私だったが、それが現実に起これば昨日のように息は詰まった。
 今日の風は穏やかだから、シャツを飛ばしたりして話題を作ってはくれないだろう。昼休みはあと三十分。彼が来てくれた嬉しさよりも、戸惑いの感情の方が大きかった。

「水沢さん?」

 氷のように固まっていると、坂口くんが一組のテリトリーぎりぎりの手すりを掴んで言った。

「水沢さん、聞いてる?」

 こくこくと二回に分けて頷いて、私は少し彼から離れる。

「き、聞いてるよごめんっ」
「なにか違うこと考えてた?」
「ああ、うーんと……」

 どうして今日も来たの?あなたは皆の中心的存在なのに、こんな人気(ひとけ)のない場所で私と過ごしていていいの?というか恋人にこんなところを見られたら怒られない?

 全て聞きたい、けどストレートには聞けないから遠回しの言い方を選んだ。

「さ、早苗ちゃんとは同じ高校に行くの?」

 これのどこが遠回しなのかはわからぬが、一応恋人である彼女の名前を出すことには成功。彼は「え?」と頭を傾ける。

「なんで早苗?」
「なんでって、恋人だし……」
「早苗が恋人?懐かしっ」

 私の()せぬ言葉を吐いた坂口くんはくるんと身を(ひるがえ)すと、手すりに背を預けて笑っていた。

「早苗とは一年の終わりに少し付き合ったけど、一瞬で終わっちゃったよ」

 驚愕の事実。私は体ごと彼に向けた。
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