境界線を越えたくて
見えぬ境界線を踏まぬそこで、彼の不思議そうな顔が亀の如く出ていた。
同じ校舎の同じ階。だけど友人でもなく恋人でもない私たちは、無用にその線を跨がない。
「坂口くん」
今にも飛び出ていってしまいそうな心臓を抑えながら、彼の苗字を初めて彼の前で口にした。
「坂口くんの色々を、もっと知りたいです」
爪先ほどの小さな可能性でも、あると知れば欲が出た。
これでじゅうぶん、これで幸せ。
そんな考えが吹き飛んだ。卒業しても、私は彼の側にいたい。
「色々かあ……」
こめかみをぽりぽり掻きながら、彼は斜め上に黒目を向けた。
「好物はカレーです、とか?」
そう言って、その黒目を私へ戻す。うんと思いきり私が頷けば呆れ笑う。
「苦手なものはわさび」
「うんっ」
「好きな教科は数学で、古典は嫌い」
「うんっ」
「三人兄弟の末っ子」
「へえっ」
「あとはそうだなあ……」
うーんとひとつ唸って、また笑っていた。
「なにこれ。俺ばっか知られちゃってなんか恥ずい。水沢さんのことも教えてよ」
無邪気にそう言われて、ボンッと頭のてっぺんが噴火する。
「わ、わたしのことなんか興味ないでしょっ」
「あるある。すっげえある」
ボンボンボンボン煙が噴いて、熱を帯びていく顔面。両手で顔を覆った私に彼は「ずるい」と言っていた。
「じゃあ今日は俺を教えるけど、明日はそっちの番だからね。明日は水沢さんを教えて」
きゅんと胸が締め付けられるようなその台詞に、指の隙間から彼を覗く。しゃがみながらも器用に頬杖をついていた彼に頬笑まれれば、汗ばんだ。
彼を欲しいと、そう思った。
同じ校舎の同じ階。だけど友人でもなく恋人でもない私たちは、無用にその線を跨がない。
「坂口くん」
今にも飛び出ていってしまいそうな心臓を抑えながら、彼の苗字を初めて彼の前で口にした。
「坂口くんの色々を、もっと知りたいです」
爪先ほどの小さな可能性でも、あると知れば欲が出た。
これでじゅうぶん、これで幸せ。
そんな考えが吹き飛んだ。卒業しても、私は彼の側にいたい。
「色々かあ……」
こめかみをぽりぽり掻きながら、彼は斜め上に黒目を向けた。
「好物はカレーです、とか?」
そう言って、その黒目を私へ戻す。うんと思いきり私が頷けば呆れ笑う。
「苦手なものはわさび」
「うんっ」
「好きな教科は数学で、古典は嫌い」
「うんっ」
「三人兄弟の末っ子」
「へえっ」
「あとはそうだなあ……」
うーんとひとつ唸って、また笑っていた。
「なにこれ。俺ばっか知られちゃってなんか恥ずい。水沢さんのことも教えてよ」
無邪気にそう言われて、ボンッと頭のてっぺんが噴火する。
「わ、わたしのことなんか興味ないでしょっ」
「あるある。すっげえある」
ボンボンボンボン煙が噴いて、熱を帯びていく顔面。両手で顔を覆った私に彼は「ずるい」と言っていた。
「じゃあ今日は俺を教えるけど、明日はそっちの番だからね。明日は水沢さんを教えて」
きゅんと胸が締め付けられるようなその台詞に、指の隙間から彼を覗く。しゃがみながらも器用に頬杖をついていた彼に頬笑まれれば、汗ばんだ。
彼を欲しいと、そう思った。