拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
一、 晴天がつづく盛夏のみぎり、
なんでこんなことになったんだっけ、と、芙美乃は首をかしげる。
視線の先には、真剣な顔でホットケーキと向き合う、名前も素性も知らない男がいる。
「もういいかな?」
小さいけれどきれいな丸い生地が三つ、フライパンに並んでいる。
そのひとつに、彼はフライ返しを近づける。
細いフレームの眼鏡の奥で、瞳は真剣だ。
「だめです。入れたばかりです」
「ちょっとだけ」
「だめ」
「焦げてるかも」
「まだ絶対生焼けです」
ようやく芙美乃の許可が下りてホットケーキをひっくり返すと、きれいなきつね色に焼けていた。
「おお、きれい! 俺天才! ホットケーキ屋さんになろうかな」
うれしそうな笑顔を見て芙美乃は、あれ、このひと全然死にそうにないな、とまた首をひねった。
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