拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
芙美乃は二度文面を読み返した。
ツバメが蛍光灯の明かりを反射して光る。
事務文書のような、違うような、どこかちぐはぐなそれは、あの夜出会った男性の印象と無理なく重なった。

ホットケーキの焼き方なんて、インターネットで検索すればすぐに見つかるのだから、挨拶の延長だ。
返信の必要はないだろう。
そう思いつつも、スマートフォンのメモに思いついたことをつらつらと書いていく。
しかし、

『いつか生駒さんの焼いたきれいなホットケーキが食べられる日を楽しみにしています。』

と書いて、その部分は消した。

『生駒廉佑様

こちらは日が落ちると気温もやわらぐようになってまいりました。東京の方は連日厳しい暑さが続いているようですね。生駒さんはお変わりありませんか?
先日はいきなり送りつけてしまって申し訳ありませんでした。お返ししたかったのですが、他に連絡を取る手段がなくて。
生駒さんがどんな言い訳で乗り切ったのか考えてみましたが、思いつきませんでした。いずれにせよ、無事にお手元に届いてよかったです。
ホットケーキの件ですが、たぶんひっくり返すのが早すぎるのだと思います。生駒さんは、この前も待ち切れなくて、早くひっくり返そうとしていたので。少し弱火にして、じっくり待つようにしてください。先日もお話したように、表面に気泡が浮かぶようになったら頃合いです。
あとは、フライパンのテフロンが剥がれていると、くっつきやすいです。もしホットプレートをお持ちでしたら、そちらを使った方がうまく焼けると思います。
生駒さんはホットケーキを焼く天才なのですから、次はきっときれいに焼けると思います。
頑張ってください。

佐伯芙美乃』


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