拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
四、 寒露の候、

『仕事で半年準備してきたイベントが終わって、打ち上げに行ってきました。私は体質的に飲めないわけではありませんが、どうしてもビールのおいしさがわかりません。コーヒーも砂糖とミルクを入れるし、ゴーヤの苦味も苦手なので、先輩からは舌が子どもなのだと言われます。』

ビールは普通にうまいけどな、と廉佑は手にしたビールを二缶カゴに入れる。
続けてめったに飲まないカフェオレも。

対局後にラーメンを食べてきたので、今はちょっと摘まめるものを買いにコンビニに寄ったところである。

ふた月ほど前、芙美乃から忘れ物が届いた。
一応こちらの住所を記してお礼を伝えたけれど、返事は期待していなかった。
それでも毎日郵便受けを覗いて、ミントグリーンの封筒が入っていたときは胸が高鳴った。

返事を書こうにも芙美乃と共通の話題などなくて、日々のどうでもいいことを書いて送ったら、どうでもいいことを書いて返してきた。
おかげで、芙美乃の読んだ本や、最近気に入ってるメニュー、職場の人間関係の一端など、一度しか会ったことのない彼女に関する情報はどんどん増えていく。

棋士の中には、小学校時代から二十年以上それなりに親しく付き合ってきても、将棋の話しかしたことのない人もいる。
廉佑は彼が結婚したことも連盟の公式発表で知った。
「一昨日会ったときは、何も言ってなかったじゃないか」とさすがに文句を言いたくなったけれど、廉佑自身が結婚することになったとしても、わざわざ報告しないかもしれない。

レジカウンターの向かい側に、冷蔵のスイーツが並んでいた。
定番のものに加えて、さつまいもや栗を使った商品が多い。

『ケーキが好きなのではなく、モンブランが好きなのです。モンブランは進化が著しく、最近では中にプリンが仕込まれたものや、栗餡を使った和風のものなど、すでにひとつのジャンルと言っていいくらい種類が豊富です。値段もピンキリですが、モンブランはピンにはピンの、キリにはキリの良さがあると思うのです。』

安納芋と和栗のモンブランを前に、廉佑は吹き出した。
背後に店員の気配があったので笑いを抑え、それもカゴに入れる。

モンブランはタイトル戦のおやつで食べて以来である。
季節から考えて、二年前の王座戦のときだろうか。
おいしいモンブランだったら芙美乃に教えてあげたいけれど、生憎覚えていない。
自分が過去に食べたモンブランを、すべて芙美乃にあげられたらいいのになぁ、と愚にもつかない考えが浮かんだ。

自動ドアを抜けたら寒さで身体が縮こまった。
日暮れも少しずつ早くなり、スーツのジャケットだけだと夜は寒い。
芙美乃はもう冬物のコートを出したと言っていた。

冷たい風がレジ袋をカサリと鳴らす。
ビール、カフェオレ、ビーフシチュー、バケット、モンブラン。
袋の中は、遠く北に住む芙美乃の気配ばかりがする。


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