拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
六、 歳末の候、

『とても面白い本でした。最後の10ページまでは。
冒頭からずーっと気になっていたのです。あんなにも怯え、警戒していた彼女を、どうやって誘い出して毒入りのワインを飲ませることができたのか。
そのトリックが知りたくて、430ページも読んできたのに、催眠術なんて納得できません。
昨日はトリックが気になって仕事が手につかず、今日はあまりの落胆で仕事が手につきませんでした。加えて睡眠不足で最悪です。』

怒ってるなぁ、と廉佑は肩を震わせて笑う。

先日届いたこの手紙には、すでに返信してあるのに、こうして幾度も読み返していた。
面白くなかった、と語られると、それはそれで読みたくなるもので、廉佑のバッグには昨日買ったばかりのその本が入っている。

「お疲れ様でーす」

控室に秋本女流二段が入ってきたので、廉佑は手紙をバッグにしまった。

今日は棋王戦の挑戦者決定戦が行われており、廉佑は秋本を含む棋士や女流棋士四人で中継の解説を担当していた。

竜王戦が終わり、棋王戦の挑戦者が決まると、今年もいよいよ終わりか、という気持ちになる。

「女性の方って、どんな手紙をもらったらうれしいんでしょうか?」

ウェットティッシュで手を拭く秋本に、廉佑は何気ない日常会話を装って、もっぱらの悩みを相談する。
内心真剣な廉佑に対して、秋本の方は提供された弁当に意識を持っていかれている。

「手紙なんてもらえるだけで何でもうれしいですよ」

案の定、毒にも薬にもならない返答をされたけれど、廉佑は食い下がった。

「でも便箋ひとつとっても難しいですよね。あんまりはしゃいだデザインも使いにくいし、シンプル過ぎると面白味ないし」

大きな文具店にはたくさんの種類のレターセットが売られていたが、廉佑が使えそうなデザインは限られる。
あまりにシンプルだと事務用便箋に見えるし、かと言ってかわいらしいイラストやレーザーカットのものも使いにくい。

散々悩んだ末に、幸運のアイテムが箔押しされたシリーズを全種類買った。
濃紺のツバメ、深緑のクローバー、枯色のフクロウ、山吹色の馬蹄、深紅のてんとう虫、灰茶色の鍵。
しかし、毎回違うデザインを使ったため、すぐにストックが尽きて、今は名画がプリントされたシリーズと童話のイラストが描かれたシリーズを使っている。

芙美乃の方は意図的なのか偶然なのか、送ってくる便箋に一貫性がない。
この前は透かし模様の入った和紙、その前はハリネズミの写真がプリントされたもの、そしてつい先日は白菜のイラスト。
手の流れが読めない。

「そうですよねぇ」

力強く同意する秋本はしかし、お弁当屋さんのだし巻き玉子っておいしいですよね、などと言う。
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