拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
『入玉を狙ってますね』
解説者が言い切った。
相手側の三段目まで逃げ込むことを「入玉」と言い、捕まりにくいらしい。
そんなことは棋聖も当然わかっているので、自陣に入れまいと猛攻をしかけてくる。
廉佑の玉は一進一退をくり返しながら、それをかわしていく。
長い日暮れもそろそろ終わろうとしている。
対局室も外からの光がなくなり、照明の明かりだけが盤に落ちていた。
『生駒先生、持ち時間を使い切りました』
『はい』
持ち時間を使い切ると、そこからは一手一分以内に指さなければ負けとなる。
『50秒ー、1、2、3、4、5、』
記録係が秒を読む中、廉佑は飛車を攻防に利かせながら、伸びてくる棋聖の手をふりほどこうとする。
詰めろ(次に何もしなければ詰まされてしまう状態)をかわし、逆に相手玉に詰めろをかけ、玉の脱出ルートを確保する。
棋聖も一分将棋となり、対局室は常に秒読みの声がする。
評価値も一手ごとに乱高下していた。
そして、廉佑がとうとう入玉を果たした途端、盤上はまったく別のゲームに変わった。
『えー! ここで点数勝負……』
解説者が叫ぶ。
画面上部の、今まで評価値が出ていたところには、点数が表示された。
「ん? どういうこと?」
芙美乃の疑問に答えるように、女流棋士が説明を始めた。
『双方の玉が相手の陣地に入玉し、お互いに詰ます見込みがない場合、それぞれ持っている駒を点数化します。玉はカウントせず、大駒(飛車、角行)は5点、その他の駒は1点。金将であっても歩であってもすべて1点です。これ以上駒が取れなくなった時点で数え、持ち点がお互いに24点を上回れば持将棋が成立。対局は引き分け再試合となります。持ち点が24点に満たない場合、満たない方が負けです』
『パッと見、先手は足りてますけど、後手は足りないですね』
解説者が言うように、棋聖の駒台には溢れそうなほど駒が乗っている。
廉佑は相手玉を攻める際、たくさん駒を渡していたので、その時点では19点しかなかった。
調子よく攻めていたはずなのに。
ずっと廉佑が指しやすいと言われていたはずなのに。
いったいなぜこんなことになったのか。