拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
「前に会ったときより髪短くない?」
「先月切りました。生駒さんはお変わりないですね」
廉佑は首を振って否定する。
「ずいぶん変わった。朝と夕方に郵便受けを確認するようになって、生活が規則正しくなった。都内の文具店に詳しくなったし。未使用の封筒だけがたくさん増えた。あと、二局目のとき泊まったホテルに、おいしそうなせんべいと苺のチョコが売られてて、どっちが好きかわからないから両方買ったくせに結局送れなくて、仕方ないから話したこともなかった隣の家の人にあげたら、挨拶するようになったよ。それから、モンブランのおいしい店を聞きまくって、モンブラン好きだと思われてる。……そんな一年でした」
視線を向けられ、芙美乃もそっと口を開く。
「私は……なんだかやたらと将棋ばかり見ていた一年でした。一年見ていても、全然わからなかった」
「そうだろうね」
「最初は負けてるんだと思ってました。こうやって、頭抱えて倒れてるから」
「あれね。小さい頃からの癖で。うずくまってた方が集中して考えられるの。お行儀悪いんです、俺」
「豚の生姜焼きが好きなんだなって」
「好きですね」
「あと、カレー」
「好きですね」
「お水、いっぱい飲みますよね。2Lのペットボトルがなくなるくらい」
「対局中はすごく喉が渇くので。順位戦だと3Lくらいは飲むかな」
「手、きれいですね」
「よく言われます」
「何か特別なお手入れしてます?」
「何も。たまにハンドクリーム塗るくらい」
ひらひらと振られた手を、薄汚れた街灯が照らし出す。
駒とペンを持つ右手を芙美乃はまぶしそうに見つめた。
「遠いな、って思ってました。ときどき中継があるから、私は生駒さんが髪を切ったことも眼鏡をいくつも持っていることも知ってるけど、画面を通すと遠くて、一方通行だな、って」