拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
こんなことは想定していないから、冷凍していた合鴨スモークも四切れしか残っていなかったし、長ネギも二分の一本をふたりで分けるという寂しい鴨ネギうどんである。
黙々とうどんをすする彼を上目遣いで見つつ、芙美乃も箸を動かした。
ジャケットは脱いで、ネクタイの端はワイシャツの胸ポケットに突っ込んでいる。
ふわふわとした髪は癖毛なのかパーマなのか。
蛍光灯の下ではミルクキャラメル色に見える。
今は、遊歩道にいたときのような虚ろな感じはしない。
むしろ、勢いよくすするので、ワイシャツにつゆが飛んでしまわないか心配になるほど元気そうだ。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
手を合わせる彼に、お粗末様でした、と心から述べる。
「おいしかったけど、足りない」
「へ?」
「まだ腹三分目くらいかな」
「夕食、食べてなかったんですか?」
「食欲なくて」
「食欲あるじゃないですか」
「今はね」
芙美乃は冷蔵庫やキッチンの引き出しを漁った。
買い物に行っていないので、たいしたものはない。
「……あ、ホットケーキミックスが残ってる」
末端価格八十円くらいの白い粉の入った袋を持ち上げると、
「ホットケーキ、いいですね」
と図々しい声が上がった。
「……わかりました」
卵と牛乳とホットケーキミックスを混ぜ合わせる様子を、彼は隣で腕組みしながら見ていた。
「手際いいですね」
「混ぜるだけですから」
「ホットケーキなんて、二十年は食べてないな」
「そうなんですね」
「俺が焼いてみてもいいですか?」
どうぞ、とフライパンの前を譲ると、彼はネクタイをはずしてパンツのポケットに突っ込み、恐る恐るミックスを落とした。
――なんでこんなことになったんだっけ。
黙々とうどんをすする彼を上目遣いで見つつ、芙美乃も箸を動かした。
ジャケットは脱いで、ネクタイの端はワイシャツの胸ポケットに突っ込んでいる。
ふわふわとした髪は癖毛なのかパーマなのか。
蛍光灯の下ではミルクキャラメル色に見える。
今は、遊歩道にいたときのような虚ろな感じはしない。
むしろ、勢いよくすするので、ワイシャツにつゆが飛んでしまわないか心配になるほど元気そうだ。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
手を合わせる彼に、お粗末様でした、と心から述べる。
「おいしかったけど、足りない」
「へ?」
「まだ腹三分目くらいかな」
「夕食、食べてなかったんですか?」
「食欲なくて」
「食欲あるじゃないですか」
「今はね」
芙美乃は冷蔵庫やキッチンの引き出しを漁った。
買い物に行っていないので、たいしたものはない。
「……あ、ホットケーキミックスが残ってる」
末端価格八十円くらいの白い粉の入った袋を持ち上げると、
「ホットケーキ、いいですね」
と図々しい声が上がった。
「……わかりました」
卵と牛乳とホットケーキミックスを混ぜ合わせる様子を、彼は隣で腕組みしながら見ていた。
「手際いいですね」
「混ぜるだけですから」
「ホットケーキなんて、二十年は食べてないな」
「そうなんですね」
「俺が焼いてみてもいいですか?」
どうぞ、とフライパンの前を譲ると、彼はネクタイをはずしてパンツのポケットに突っ込み、恐る恐るミックスを落とした。
――なんでこんなことになったんだっけ。