拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
◇
余ったら明日の朝ごはんにしようと思っていたのに、彼はホットケーキもすべて平らげた。
食べながら普通に会話もした。
天気の話、近々ある選挙の話。
幼い頃見たアニメの話で、彼は芙美乃より少し年上らしいと推測された。
朗らかな笑い声を立てる彼は、全然死にそうにない。
芙美乃が予定より多くなった洗い物を終えてふり返ると、彼は狭いソファーに身体を丸めて寝こけていた。
「眠れないんじゃなかったっけ?」
寝室のクローゼットから夏掛け布団を持ってきてかけても、そっと眼鏡をはずしてテーブルの上に置いても、それこそ死んだように動かない。
けれど、薄く開いた唇からはかすかな呼吸音がしていた。
よく知りもしない人間の家で無用心だなぁ、と他人事のように思う。
風邪をひかれても困るので、エアコンの設定温度を少しだけ上げた。