拝啓 まだ始まらぬ恋の候、
永遠の謎だと思っていたことは、驚くほどすぐに判明した。
出勤した芙美乃は、職場でとっている地方紙に目を通す。
一面には将棋のタイトル戦のニュースが取り上げられていた。
昨日近くのホテルで行われていたイベントは、将棋の棋聖戦だったらしい。
新進気鋭の若手棋士が勝利して、三冠目を奪取した、とあった。
流し読みしながら地方欄にたどり着くと、そこはまたしても棋聖戦の記事だった。
こちらには失冠した前タイトルホルダーのインタビューも載っている。
『途中までは予定の変化で、悪くないと思っていました。どこで形勢が入れ替わったのか、調べてみないとわかりませんが、この展開で勝てないようでは話になりませんね』
文面でさえ苦味を感じるコメントの隣に「彼」がいた。
羽織姿で俯いているけれど、見間違いようもないほどはっきりと写っている。
『気持ちを入れ換えて、また頑張ります』
気持ちは入れ換わったのだろうか。
電車に乗る気持ちにもなれず、遊歩道のベンチで項垂れていたのに。
生駒廉佑(いこま・れんすけ)
三十三歳。
将棋棋士。
段位は九段。
一月十四日生まれ。
東京都出身。
加納東路八段門下。
十七歳で四段プロデビュー。
タイトル 王位一期、棋王一期、棋聖二期
タイトル戦登場回数 十回(うち獲得回数四回)
一般棋戦優勝回数 二回
竜王戦は一組、順位戦はA級。
検索したら顔写真付きですぐにプロフィールが出てきた。
けれど、眼球の上を滑っていくだけで理解できなかった。
唯一わかったのは、彼、生駒廉佑は昨日若手棋士に負けて棋聖のタイトルを取られたということだ。
今年の初めには同じ棋士に棋王を奪われており、二つ持っていたタイトルを次々と剥がされる形だったらしい。
無冠となったひとに、傷をえぐるような事を言わなかっただろうか。
目を閉じてみても、嬉々としてホットケーキを焼いている姿しか思い出せない。