結ばれないはずが、冷徹御曹司の独占愛で赤ちゃんを授かりました
 彼の声は低く、かすれている。重苦しい空気がふたりの間に垂れこめた。
 長い沈黙を破って、凛音は告げる。

「あなたの部下でも妹でもない、ひとりの女としてのお願いです」

 声も、細い肩も、両の膝も、滑稽なほどに震えている。羞恥と恐怖で、頭がどうにかなってしまいそうだ。それでも、凛音は気力を振り絞って、決して顔を背けたり目をそらしたりはしなかった。

(とんでもなく馬鹿なことを言おうとしてるって、自分でもわかってる)

 だが、軽蔑されようが、気持ち悪いと思われようが別にいい。だって、もとからこれ以下はないと言うほどに嫌われているのだから。

 穏やかで優しく、どんな相手に対しても誠実。周囲からそう評される龍一が、世界中で唯一憎んでいるのが凛音なのだ。

 凛音はふっと苦笑を漏らす。

(皮肉だよね。私には最初から失うものがないから、言えるんだもの)

 凛音は一歩大きく踏み出し、彼の懐に飛び込んだ。ふわりと鼻をくすぐる龍一の匂いが、凛音の心をかき乱す。

「……ひと晩だけでいいんです。一夜だけ、龍一さんの恋人にしてください!」
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