結ばれないはずが、冷徹御曹司の独占愛で赤ちゃんを授かりました
 その懇願になんと答えたのか、龍一はまったく覚えていない。

 ぶわりと吹いた強い潮風がふたりの間を抜けていった。

 それから二週間。龍一は水無月家の書斎でノートパソコンを開いていた。カタカタと文章を打ち込んでは消す、という行為をずっと繰り返している。

「はぁ」

 大きなため息を吐き出す。そこに、トントンという控えめなノックの音が聞こえてきた。

「はい、どうぞ」

 水無月家には住み込みで働く人間も多い。誰だろうかと思いながら、龍一は顔をあげて扉を見る。

 わずかに開いた隙間から顔をのぞかせたのは凛音だった。

「あの、少しいいでしょうか?」

 思わずぎくりとしたのを隠して、龍一は平静を装って彼女を部屋に招き入れる。向かいの椅子に座るようにと、手で彼女を促した。

 会社でも、今この瞬間も、凛音はあの一夜などまるでなかったような顔をしている。

 あの時間を未練がましく忘れられないでいるのは自分のほうだった。

 アンティーク調の椅子に浅く腰かけた凛音は意を決したように龍一を見据える。

「縁談の件なのですが、その後どうなっていますか」
「あ、あぁ」
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