結ばれないはずが、冷徹御曹司の独占愛で赤ちゃんを授かりました
 今度は動揺を隠しきれていなかった。らしくもなく、龍一の視線は迷うように宙をさまよう。

 凛音のほうがずっと落ち着いている。静かな笑みで彼女は言った。

「もう覚悟はできています。私に遠慮せず進めてくださいね。水無月の家にわずかでも恩返しができるなら、本望です」
「――スケジュールを調整しているところなんだ。先方もなにかと慌ただしい時期だから……もう少し待っていてくれ」

 人は嘘をつくときほど、口数が増えるものだ。龍一の台詞もいやに言い訳がましい。だが、凛音は疑うことなく「わかりました」とだけ答えて、部屋を辞した。

 龍一はふぅと肩をさげて、パソコンの画面に目を戻す。開かれているのはメール作成画面で、相手は菱木銀行の頭取だ。

 先方からスケジュール確定をせっつかれている状況だったが、龍一は多忙を理由に返答を先送りにしていた。

 ビジネスの場において、時間は作り出すもの。その鉄則を承知しているにもかかわらず、だ。

「どうしようもないな」

 龍一は自虐的な笑みをこぼした。

(俺の凛音がほかの男の妻に……想像できない、いや……考えたくないだけか)

 心がざわついて、耐えがたいのだ。

< 68 / 117 >

この作品をシェア

pagetop