結ばれないはずが、冷徹御曹司の独占愛で赤ちゃんを授かりました
 彼はそう言ったのだ。

 龍一は自身の言葉に絶対の責任を持つ男だ。凛音と子どものためにすべてを捨てる覚悟なのだろう。

「ダメ。それだけは絶対にダメよ」

 凛音は自分に言い聞かせた。

 凛音の母親はかつて彼から実母と温かい家庭を奪った。今度は凛音が彼の輝かしい未来を破壊しようとしている。たとえ龍一が許しても、凛音自身がそれを許せない。

「うっ……」

 込みあげてくる吐き気と戦いながら、凛音は荷造りを始めた。

 もっとも、凛音の持ち物などそう多くはない。彼女の持っているものは、ほぼすべて龍一が与えてくれたものなのだ。

 長く使える落ち着いたデザインのデスク、このデスクで凛音は必死に受験勉強をした。壁に飾られたローランサンの絵画は、彼の海外出張土産だ。レプリカではなく本物だとあとから知って、目を白黒させたことを覚えている。

 嫌われている、憎まれている。

 ずっとそう思っていたけれど、こうしてこの部屋を見渡すと、自分が彼の深い愛情に包まれて大人になったこと実感する。

(もう十分にたくさんのものをもらった。なにより、この子という宝物まで)

 凛音は自身のおなかに視線を落とし、穏やかにほほ笑んだ。
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