結ばれないはずが、冷徹御曹司の独占愛で赤ちゃんを授かりました
 気持ちは十分にわかるが、ゆっくり時間をかけて説得すればいいと思っていた。

 凛音はおとなしいが、聡明な女性だ。妊娠初期にそう無鉄砲なことはするまいと考えていたのだが……。

 トントンという控えめなノック音とともに社長室の扉が開いた。今日は菅原が午後から外出で戻らないため、用があれば直接来て構わないと社員たちに通達してあった。

「水無月社長。失礼いたします」

 きっちりと礼をして入ってきたのは、このあとの会議を主催する経営企画室の室長だ。

「そろそろ会議がはじまります。ご準備は――」
「すまない。延期にしてくれっ」
「えぇ」

 驚きに目をパチパチさせている彼の横をすり抜け、龍一は走り出す。

 予定していた会議は次の新事業を決定する重要なものだった。いや、たとえ決まりきった報告を聞くだけの場でも、龍一は出席と返事をしたものを私用でキャンセルしたことは一度もない。

 そんな人間はトップの椅子にふさわしくないと自分を律してきた。だがーー。

(凛音!)

 今は凛音とおなかの子どものことしか考えられなかった。

 心配で、不安で、新事業などどうでもいいことに思えた。
(どこにも行くな。俺は……お前がいないと……)

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