『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!
「私を愛していることを頑なに認めようとせず、反抗的な態度ばかり! いったい彼女はどうしてしまったのでしょうか!」
「お兄さまの頭が」
「どうしてしまったのでしょうか」
「私のことを好きすぎて、あれほどいつも側にいてくれたのに!」
「兄さまそれは」
「兄さまを見張っておられたのでは」
「正確にはあなたがやらかした不祥事を、レイシェアラが即座になんとかしてくれていたのよ。彼女は婚約者であってあなたの尻拭い役ではない。他の婚約者も彼女のサポートをしていたの。ええ、あなたの不祥事を解決するサポートをね」
頭を抱えて告げた王妃。
双子の弟たちは「「えー、情けなーい」」と声を揃える。
そして、深く何度も頷くのは公爵夫妻と大臣や宰相たち。
「やはり私をそこまで愛してくれているのは、レイシェアラだけということですね!」
「なにをどう聞いたらそうなる!?」
「落ち着いてください、陛下。ニコラス、それでもあなたはもう彼女の婚約者でもなければ、王太子でもありません。一王族としての権限も、すべて剥奪します。騎士院に入るのであれば騎士爵だけは特別に与えましょう。それを拒むのであれば、城からも出て行ってもらいます」
「なるほど! レイシェアラの騎士になれと!」
「ち が い ま す!」
勉強はできるのに、どうしてこんなに話が通じないのだろうか。
ともかく、王とお妃は疲れ果てて頭を抱えながらも、ニコラスを王太子の座から引きずり下ろすことに成功した。
次は双子の兄、エセルにその座を与える話し合いが行われる予定。
なのだが、王がニコラスに「下がっていいぞ」と言ってもニコラスは満面の笑みでその場に居続ける。
いや、怖い。
王も妃も大臣たちも、頭から血の気が引く。
どう解釈したら居座り続けられる?
メンタル鋼か?
そのメンタル強度だけは見習うべきものがある。
「兄さま、なんでずっとここにいるんですか?」
「兄さま、もう用無しなので出て行っていいのですが?」
「なにを言う! 兄として、そして先輩王太子としてエセルとルセルを正しい王太子に導こう!」
「「いらないでーす」」
「仕方ない。つまみ出せ」
「はっ」
衛兵に両手を掴まれ、放り出されるニコラス。
追い出されたことに首を傾げながら、自室の方へ向かう。
すると、そこに待っていたのは婚約者四名。
一番前にいたのは、第二婚約者のルイーナ・コルテ伯爵令嬢。
「ニコラス様、王太子の座を下ろされた、とお聞きしました。お間違いございませんか?」
「ああ、そうらしい。父上も母上も心配性だな。私が次期王として相応しいか、まだ不安らしい! しかしこの試練も私は乗り越えてみせよう! 愛するお前たちのために!」
全然理解してなかった。
いや、かろうじて理解はしていそうだが、独自解釈で今回の件を「次期王としての試練」と捉えているらしい。
冷たい目を向ける婚約者たち。
「……ちなみに、わたくしたちの名前は全員覚えておりますか?」
「え?」
「私の名前は?」
「えーと、マリア、だったか?」
「イザベラでございます」
「ワタクシが何番目の婚約者だったかは、覚えておいでですか?」
「もちろん、五番目だろう!?」
「ワタクシは三番目の婚約者、エリーでございます」
「あ、あれぇ?」
はあ、と頭を抱えるルイーナ。
うっすらそんな気はしていたけれど。
「殿下、わたくしどもはこれを機に殿下との婚約を解消しようと思っております。結婚適齢期も過ぎておりますので、嫁ぎ先を急いで探さなければなりません」
「もう殿下と婚約していても、なんの意味もございませんもの」
「ええ。それに、この国がどれほど一夫多妻、一妻多夫に寛容とはいえ、十人もの婚約者と結婚するにはそれなりの財力が必要。次期王でなくなった殿下と結婚しても、養っていただけるとは思えません」
「む、むう?」
その辺りはどう考えていたのか。
じっと四人の令嬢たちがニコラスを睨む。
「それはほら、あれだ。冒険者としてだな、稼げば良いのだ!」
「殿下は冒険者資格をお持ちではないはずでは?」
「これから取得する!」
「取得したところで最低の5級からではないですか」
「ん? そうなのか?」
「「「「………………」」」」
解釈がおかしい以外にも、無知で楽観的。
ポジティブ、と一括りにされてきたそれはもはや、そんな一言でカバーし切れるものではない。
「我々にも我々の人生を生きる権利がございますので、婚約解消、していただけますよね?」
「嫌だ!」
「では破棄です! わたくしたち、殿下と婚約破棄させていただきます!」
「どうぞお元気で!」
「ベティさんとお幸せに!」
「それでは失礼いたします」
「え、ちょ、お、お前たち! 待て!」
ルイーナを始めとした令嬢たちは、一見すれば一方的にも見える婚約破棄を突きつけて踵を返す。
そして振り返った瞬間「してやったぜ〜」と満面の笑み。
手を取り合い、スキップでも始めそうな程に清々しい気分で城の玄関ホールへと向かう。
ルイーナだけは、一度立ち止まってニコラスを振り返る。
呆然としているが——。
(果たしてあのアホがこのまま大人しく引き下がるかしら……。もうしばらく監視した方がよさそうね)