『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!
 
 ルイーナたちが立ち去る背を眺めながら、ニコラスは立ち尽くす。
 レイシェアラに続き、四人もの令嬢から婚約を解消されてしまった。
 とても残念だが、彼女らは親の思惑が強く、婚約者になったのも側妃となることを見据えてのこと。
 王太子でなくなったにニコラスには、もう用がない。
 唯一ルイーナだけは、レイシェアラを支えるのがもっともたる理由であったがやはりニコラスへの愛情は微塵もなかった。

「はあ、みんな美人だったのになぁ。仕方ない、私が王になった暁には、もっと若くて可愛くてお尻の大きな側室を五人ほど増やそう」

 尻派なので。

「あ、いた! ニコラス様〜! お迎えにあがりましたよ〜! 今日のお説教は短くて済んだのですね!」
「おお、ベティ!」

 ニコラスが自室に戻ると、一番新しい婚約者、ベティと十番目に婚約をしたルチアが待っていた。
 十一番目のベティは元平民。
 その美貌で子爵家に入り、現在は子爵令嬢。
 ルチアもまた、田舎の子爵家の令嬢。
 恐ろしく小さな領地で、両親と弟妹五人が細々と暮らしていた。
 そんな彼女にとってニコラスの婚約者になるのは、家と領地を支援してもらう手段。
 レイシェアラの実家である公爵家が後ろ盾となり、金を貸しつけて領地を立て直している最中。
 ベティはソファーから立ち上がると、すぐに入り口へ駆け寄ってくる。
 とても可愛らしい。
 やはりベティと婚約して正解であった。

「それがな、父上と母上に王太子を辞めろ、と言われてしまった。私はもう王太子ではないのだ」
「ええ!? どういうことですか!?」
「きっと次期王への試練なのだ。父上も母上も私に試練を与えることがよくあっただだろう? もっとも追い詰められた時にこそ、王としての資質が試されるのだ!」
「なるほど〜!」

 と、納得したベティ。
 そして、ソファーに座ったままだったルチアは不安そうな表情で「あの、殿下は、それではこれからどうなるのですか?」と心配してくれる。

「騎士院に入ってレイシェアラの騎士になるようにとのことだ!」

 違う。
 それは選択肢のひとつである。
 もうこの時点で話を聞いていないのがわかる。
 挙句しれっと巻き込まれるレイシェアラ。

「えー! なんでまたレイシェアラ様なんですか!? まあ、ねだればあっさりドレスとかくれるから、あたしもレイシェアラ様好きですけど!」

 親指を立てて物欲をぶっちゃけるベティ。
 それに「うんうん、レイシェアラは優しいな!」と同意するポンコツ。

「それにはまず竜王に攫われたレイシェアラを取り戻す必要がある!」
「え! レイシェアラ様、やっぱり誘拐されていたんですか!?」
「ああ! 泣いて嫌がるレイシェアラを無理矢理連れ去ったのだ! 竜王ヴォルティスはもう邪竜に堕ちている! 邪竜め、私の婚約者を誘拐するなど許しておけん。勇者の末裔たる私が、成敗してくれる!」
「きゃー! さすがニコラス殿下!」

 盛り上がる二人。
 それをソファーに座ったまま、不安そうに眺めるルチアは理解した。
 間違いなく、切られたのだ、と。
 ニコラスはこの能天気さと、人の話を自分の都合のいいように解釈するところをずっと注意されてきた。
 それを“試練”とポジティブに捉え、しかもその“試練”を乗り越えてきたと思っている。
 いっそ羨ましくなる能天気ぶりだが、国を導くものが他者の声を聞き入れられないのは決定的な欠陥だ。
 とはいえ、一度王太子になった者を、そう簡単に「王太子に相応しくない」と認めるわけにはいかない。
 指名した者たちの責任もある。
 婚約同様、王太子は王侯貴族によって定めるもの。
 犯罪者でもなければ、その座から引き摺り下ろすのはなかなかに困難。
 しかし今回ニコラスは、『竜の刻印の聖女』を誘拐、監禁した。
 無論、聖女相手でなくとも普通に犯罪である。
 本来であれば牢にぶち込まれても不思議ではないところだが、ニコラスには十一人もの婚約者がいた。
 彼女たちとその親が、今後の婚約をどうするかを決めるまでは、騎士院に入り、心身を鍛え直すように——という王妃からの“執行猶予期間”である。
 そして……ニコラスはそれをこれっぽっちも理解していない。

「で、殿下はしばらく大人しくしていた方がいいのではありませんか? レイシェアラ様を迎えに行くのであれば、その、然るべき手続きがあるかと思いますし……もし本当に竜王ヴォルティス様が邪竜に堕ちられたのであれば、騎士団が動くかと思います。王妃様に騎士院へ入るよう言われたのであれば、その通りにした方が……」
「なるほど、ルチアよ。確かにその通りだ!」

 お、珍しく一発で理解してくれた。
 ルチアが安堵すると、ニコラスは親指を立てる。

「だが私一人で邪竜を倒し、レイシェアラを助け出した方がかっこいいと思わないか!?」
「…………。え?」

 なんて?
 ちょっとなに言い出したのかわからない。
 思いも寄らなくて、ルチアは聞き返す。

「そうですね! レイシェアラ様も目の前で邪竜を倒してニコラス様に『助けに来たぞ』、なーんて言われたらかっこよすぎて卒倒しちゃいますよ!」

 確かに別な意味で卒倒はするだろう。
 倒せたらの話だが。

「そうだろう、そうだろう! では、装備を整え、邪竜を討伐だ!」
「いってらっしゃい! 頑張ってきてくださいね! そして王太子に返り咲きです!」
「ああ! 行ってくる! はーっはっはっはっ!」
「ニ、ニコラス殿下!?」

 ルチアが手を伸ばすも、ニコラスが人の話を聞き入れるはずもなく。

「ベティ様、ニコラス殿下を止めなければ!」
「え、なんでですか? このままじゃあたしたち、側妃にもなれないんですよ!? ニコラス殿下には王太子に戻ってもらわないと!」
「いぃいいけません! レイシェアラ様は『竜の刻印の聖女』ですよ! それに竜王様が邪竜になっている確証もないのに!」
「王族のニコラス様がああ言うんだから間違いありませんよ!」
「ベティ様、ニコラス様はちょっとおかしいんです! ニコラス様の言葉を鵜呑みにするのは危険なんですよ!」
「えー?」

 平民出身のベティには、いまいちその辺りがわからないのか。
 王侯貴族の出す情報がすべて正しい、と信じるしかない平民にとって、ニコラスの情報は真実なのだろう。

(あああぁ、どうしよう。どうしましょう! ルイーナ様……レイシェアラ様……助けて〜!)

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