『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!
 
「はぁ、はぁ……ここ、が……」
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。送っていただき感謝しますわ。両親にも見送りを待たずにすまないと伝えていただけるかしら。そして国の皆に、すぐにお役目を果たします、と」
「かしこまりました。どうぞ、お風邪など召されませんよう、暖かくなさってください。すぐ物資を搬入するようお願いして参りますので」
「ありがとうございます」

 馬に乗って走る、とは……こんなに体力を奪われるものなのね。
 そういえば私、食事も摂ってなかったんだったわ。
 朝起きたらあの地下牢にいたのだもの。
 家にいたはずなのに……王家の影をとんだ無駄なことにお使いになられましたわね、やんごとないアホ。
 お腹がぐう、と鳴りつつも、まずは塔に行ってヴォルティス様にお礼とご挨拶をせねば。
 大丈夫、まだ頑張れるわ。
 そうでしょ、レイシェアラ。

「ふぅ……ここが……竜の塔」

 紫色のレンガで筒状に建てられた十階建ての塔。
 周辺は紫水晶が地面から生えており、その塔と同じぐらい……中には塔よりも大きな尖った水晶が無数に生えている。
 なんという圧巻な光景だろう。
 私は今日からここに住むのね。

「…………」

 ところで、そのような感じで拉致監禁されていたから寝間着なのよね。
 ああ、騎士様が再三「公爵家でなくていいのか」と言っていたのはこの格好が理由だったのね。
 思い切りパジャマ……夏場でなくてよかったわ。
 きっとお城の影の者が優秀だったのだろう、上着も着せてくれている。
 雨でびしょ濡れになっていても、透けなかったのはこの上着のおかげだわ。
 けど、騎士の方には本当に申し訳ないことをしてしまったかも。
 令嬢のこのような姿、はしたなかったわよね。
 い、いいえ、もうここまで来たら気にしている場合ではないわ。

「[乾燥][清浄]!」

 二つの魔法で最低限身を整え、いよいよ塔の中に進む。
 塔の中は真っ白な石の壁。
 シャンデリアに、お城のダンスホールほど高い天井。
 表と中では、まるで材質が異なっている。
 一体どのような魔法を使えばこんなことができるのかしら……すごい。
 目の前には片階段。
 そして、階段が覆いかぶさるかのように、巨大な紫の両開き扉がある。
 玄関ホールとして使われるだろう、ここは塔の一階部分……ということなのかしら。
 真正面の、あの大きな紫色の大扉。
 あの先に、強大な気配を感じる。
 迷わず真っ直ぐにその扉の前に進み、立ち止まって声をかけた。

「八竜王が一柱、ヴォルティス様。大変お待たせいたしました。このレイシェアラ・シュレを、今代聖女に選んでいただきありがとうございます。遅くなりましたが、ご挨拶に参りました。入室しても、よろしいでしょうか」

 謁見の間、というものなのだろうか。
 人間の城ならば、最奥にあるはずの場所が玄関と目と鼻の先にあるとは。
 それとも、この扉は用向きのある者にしか開けない?

『入れ』
「ありがとう存じます」

 低く、落ち着きのある男の人の声。
 扉が触れていないのに開き、紫色の魔力が霧状になって私の足元を通り過ぎていく。

「っ」

 やはり、この気配は瘴気!
 ヴォルティス様の魔力が瘴気を生じさせている!
 一刻の猶予もない。
 急ぎ目で部屋に入り、進む。
 霧の中、そこにいたのは赤い目を光らせた巨大な翼持つ竜。

『遅い!! なにをしていた! このグズが! おかげでこの有様だ! どうしてくれる!』
「っ!」

 強風が前方から吹き荒れ、数歩、後ろに下がってしまった。
 それほどの声量。
 そして、瘴気を含んだ魔力の風!
 ……瘴気は聖魔法の適性がないものには有毒で、濃度が濃くなると大地を腐らせ作物が育たなくなる。
 人体にも病を発症させたり、傷口を化膿させたりと実に恐ろしい。
 さらに瘴気濃度が上がると魔物が生まれ、人々を襲う。
 その上その発祥地が竜であれば、瘴気に呑まれて邪竜と化す。
 だからこそ竜王たちは聖女を横に置き、理性を失わぬ邪竜とならぬようにと人間の国々へ魔力を提供してくれるのだ。
 我々は持ちつ持たれつ。
 今回どうしてヴォルティス様が聖女選定を五年もなさらなかったのか、気にならないわけではないけれど……そんなことは後回し!

「大変申し訳ございません。……すぐに浄化いたします」
『……なに?』

 お怒りはごもっとも。
 これほど瘴気が満ちていては、さぞ苦しかったでしょう。
 助けていただいたご恩もお返ししたいし、全力で浄化します!

「神聖なる大地に宿る人の祈りよ、邪毒を浄化せよ!」

 目を閉じ、両手の指を軽くくっつけて、祈る。
 澱んだ空気が大地に捧げられた祈りで、一気に浄化されていくのを感じた。
 聖魔法——浄化。
 人々が日常の中で祈る力を集め、扱うことのできる希少魔法。
 希少なだけで私以外にももちろん聖魔法の使い手はいる。
 だから、私が聖に選ばれるとは限らなかった。
 選んでもらったからには全力でお仕事します。
 どこかのやんごとないアホに嫁ぐより、よほどやりがいがあって国のため、人のためになりますし!
 婚約者が増えたことで親にも実家にも多大な負担と迷惑をかけた。
 その親孝行もできますし!

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