『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!
 
『これは……なんということだ……』
「いかがでしょうか、体調の方は」
『…………。……うむ、問題はない。楽になった』

 至極色——極めて黒に近い紫色の霧が聖魔法[浄化]により白い霧に変わる。
 このうっすら紫がかった白い霧状のものが、竜王ヴォルティス様の魔力なのね。
 すごい……物質化するほどの濃度。
 常時でこれならば、外の紫水晶があれほど大きく育つのも納得だわ。

「……お体に残った瘴気も[浄化]してもよろしいですか?」
『!? わかるのか』
「はい」
『…………』

 ぐぐぐ、と地面に横たわっていたヴォルティス様の頭が持ち上がる。
 鋭い金の瞳。
 全身を紫水晶の鱗に覆われた美しい紫竜。
 彼の方の紫水晶の鱗と、塔の周りに生えて育った紫水晶は普通の水晶ではないという。
 竜紫水晶。
 竜の魔力で作られ、成長する純粋な魔力が物質化した不純物なしの魔石の一種。
 けれど、その無垢なはずの紫水晶に不純物の気配がするのだ。
 迷いなくヴォルティス様に近づいて、その鋭い爪を持つ手に触れる。
 冷たい。
 石のような感触。
 それがなんだか、とても竜王の名に相応しいと思えた。

「力を抜いていてくださいね」
『…………』

 きっとまだ、私はヴォルティス様に認められていないのだろう。
 けれど、私は私の責務をまっとうする。
 私本来の——。

「神聖なる大地に捧げられし祝福の歌よ、響け!」

 体内に残された毒素は[祝福]により取り除き、ヴォルティス様本人の回復力で打ち消す。
 竜の体内すら冒す瘴気毒……やはり恐ろしいわね。
 でも、これでもう、大丈夫。

「一応[鑑定]でお身体を拝見させていただいてもよろしいですか?」
『は? そ、そんなことまでできるのか?』
「はい。ほんの嗜み程度でございますが」
『嗜み?』
「はい、まあ」

 どこぞのやんごとないアホの王子がよく美しい女性に騙されて、珍妙な壷やら数珠やらお札やら絵画やらをお買い上げになって帰って来られるので?
 しかも無断で国費から支払うよう言ってきやがりましてね?
 お前の人や物を見る目は廃墟になって三十年のガラス窓か?
 ってくらい真贋を見抜くことができないものでして。
 筆頭婚約者である私が、すべての返品作業をやる羽目になりまして。
 その過程で販売元の詐欺を摘発する運びとなり、それを知ったあのやんごとないドアホが「おお、さすがは私だな! こうなることはわかっていた。すべて計画通りだ! よく私の指示通りに動いてくれたな、レイシェアラ! 愛しているぞ!」などと私の手柄を丸々掻っ攫っていきおってからに。
 まあ、いけないわ、レイシェアラ、落ち着いて。
 確かにあのやんごとないアホはたまに頭が回って、私の手柄を掻っ攫うくらいのことはしたけれど……あれのおかげで詐欺師が大量検挙され、詐欺師に騙されてきた人たちを救うことができたのだもの。
 そう、結果オーライよ、レイシェアラ。
 全然納得いかないのはわかるけど、詐欺師にこれ以上騙される人が出ないのは素晴らしいことよね。
 なんで私の実家のシュレ公爵家が詐欺師に騙された人たちの、被害金を補償しなければならなかったのか未だにわからないし金額が金額だけに一生根に持つつもりだけれど。
 そのくらいは許されるわよね、金額が金額だけに。
 それに、あのあと陛下に平謝りされてしまったし……これ以上引きずるのは申し訳ないわ。
 王家に公爵家から貸を作ったと思えば安い物だ、とお父様も青筋立てながら笑っておられたし。
 私はこのように、その時に得た[鑑定]をヴォルティス様のお身体を癒すことに使えている。
 ええ、結果オーライですね。

『今までの聖女に[鑑定]持ちなどいなかった』
「お気になさらず。私の場合、止むに止まれぬ事情でたまたま得ただけでございます」
『それに、我に初対面で触れてくる聖女も。お前は我が恐ろしくはないのか?』
「え? 美しいとは思いますが、恐ろしいとは、特に思いません。あ、でも、怒鳴られた時はちょっとだけ怖かったです。しかし、怒られるような遅刻をしてしまったのは私ですから」

 怖いというのは同じ言語を使っているはずなのに、会話が成り立たない相手が婚約者であることです。
 逃れられない結婚。
 一生あの会話の成り立たないアホと夫婦を演じなければいけないのかと、私はことあるごとに震えておりました。
 他にも婚約者がいることは、負担でもあり支えでもあったのです。
 特に第二婚約者のルイーナには、よく相談に乗ってもらいましたわ……。
 ルイーナったら、ニコラス殿下の髪の毛を詰めた呪いの人形まで作ってくれて……うふふ、本当にお茶目さんよね。
 もちろん、たっぷり弓矢と槍の訓練の時に的として使わせていただきましたわ。
 あの人形のおかげで、[三連槍撃]のスキルを覚えられたと言っても過言ではございませんね。
 ……さっきの地下牢に監禁されていた時の会話なんて、本当特に近年稀に見ぬほど恐怖で震えました。
 ええ、アレに比べたらヴォルティス様の怒鳴り声がなんぼのもんでございましょう。
 雀の(さえず)りですわ。

『…………』
「? ヴォルティス様?」

 なにやら目を見開かれてたいそうびっくりされてしまった。
 おかしなことは言ってないつもりなのだけれど。
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