『竜の聖女の刻印』が現れたので、浮気性のあなたとはこれでお終いですね!
いえ、あのアホのことなどどうでもいいわ。
ギルドの魔物の依頼は、上位の魔物ばかりになっているという。
それこそ上位の実力を持つ冒険者が徒党を組んで、ようやく討伐できるほどの魔物。
冒険者たちも魔法が使いづらくなっている——魔法の威力が極端に下がっていて弱体化しているから、そんな中で数は減っても強さが増した魔物の相手は危険極まりないでしょう。
「ベル、魔物が強くなってるという話を耳にしたのだけれど、もしかしてそれも……?」
「はい。魔物は瘴気の吹き溜まりから生じますが、魔力不足に陥ると残された瘴気毒素だけを吸収したり、弱い魔物を暗いその毒素も取り込むので強くなるのです。蠱毒、と同じ原理ですね」
「……なんということ……」
聖魔法も魔力を用いて使う魔法の一種。
当然、私も“刻印”を得るまでどんどん聖魔法は弱っていた。
人間はそんな状態なのに、魔物は強くなる一方だなんて……なんで恐ろしい状況だったの。
「先程、『ベルに王城に張られた結界は無意味』と申しましたが、その王城の結界も相当に弱っていたように思います」
「!」
「一刻も早い修繕が望ましいかと」
「……わかりました。ヴォルティス様に刻印の使い方を教わります。そして紫玉国のために、聖女として働きます」
やるべきことが見えてきた。
さあ、頑張りましょう!
いつまでもあのアホのことを考えている暇はない。
記憶の彼方に丸めてポイよ!
***
「ど、どういうことですか、父上! 私を王太子の座から外すとは!」
「身に覚えがないとでも?」
「ないです!」
「はぁぁぁあぁぁぁ……」
頭を抱えて重い重い溜息を吐くのは国王だ。
呼び出した息子は、本気で理由が理解できていない様子。
いや、この場合「王太子の座から外す」をきちんと理解できただけ御の字かもしれない。
本当に、いつからこうなってしまったのか。
現国王と王妃には、子どもがこのニコラスと年の離れた双子のみ。
双子はどちらも男児だが、まだ十二歳と幼く、双子ゆえに王太子の座をどちらか一人に譲るのは困難。
それにニコラスには幼い頃より、次期国王としての教育を施してきた。
昔から思い込みが激しいところがあったが、何事もポジティブに捉えることから「まあネガティブなよりはましだろう」と婚約者には真面目で慎重、思慮深い公爵令嬢レイシェアラ・シュレがあてがわれる。
しかし、貴族学園の初等部に入った十代前半の頃から様子はさらにおかしくなった。
そう、第二性徴期である。
色気づいて、美しく地位の高い家の令嬢を「婚約者にする!」と言い出した。
最初こそ「次期国王の側妃に選んでいただいた!」と本人や令嬢の実家は喜んだ。
それがさらにニコラスをつけ上がらせる。
そして周りの人間が「あ、こいつちょろいぞ」と理解し始まると、ごま擦りヨイショでさらに調子に乗っていく。
その頃になると、ニコラスは“自分を褒めてくれる者”以外の話を聞き入れなくなってきた。
これはいかんと、王や妃、婚約者たちが苦言を呈したりお説教をしたりしたがまるで効果はない。
学園を卒業するまでは、様子を見よう。
王や妃、婚約者のレイシェアラを筆頭に話し合いがたびたび行われ、そう結論をつけて一年。
改善の兆しが見られず、それどころか悪化の一途を辿っていたことから「今度なにか決定的なことをやらかしたら、即廃爵」と本人にも通告していた。
しかし、すべてのことがポジティブに聞こえるのかポジティブに変換されてしまうのか、ニコラスはことの重大さをまっっっっったく理解することはなく、右から左に聞き流していたらしい。
まったくもって、平和な頭である。
そうしてついにニコラスは、『竜の刻印の聖女』に選ばれたレイシェアラを拉致監禁し、竜王の下へ行くことを妨害するという、国益を著しく損なう暴挙を犯した。
これは、王太子の座から引きずり下ろす絶好の機会。
呼び出されたニコラスは、こうして国王から廃爵を言い渡され現在に至る。
いや、本当にちゃんと王太子でなくなる、という部分を理解してくれてなによりだ。
「お兄さまは無能と判断されたのです」
「ゆえに我々のどちらかが次期国王となります」
「まあ、我々はどちらが国王になっても」
「どちらかが影武者になれるからなにも問題はないのです」
「「ねーーー」」
「私は無能ではない! 有能だ!」
双子の王子が額と両手をくっつけながら、実の兄を冷たい目で見下ろす。
他にも大臣や宰相、騎士団長や公爵夫妻などが城の会議室に集まり、厳しい目を向けていた。
「ニコラス、我々はお前を信じて長い間散々言い聞かせてきましたよ。お前が改心する機会を、これでもかと与えてきました。その機会が多すぎた。甘やかしすぎたことは認めます。レイシェアラにも苦労をかけてしまいました」
「レイシェアラ……そうです、レイシェアラです! レイシェアラがすべて悪い!」
「「「は?」」」
おそらくその場の誰もが「なに言ってんのこいつ」と目を点にした。
しかし、国王と王妃、双子の弟王子たちは予想済みだったのか「やっぱり言い出した」と溜息を吐く。