孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
外の廊下から、ガラガラとストレッチャーを運ぶ慌ただしい音が聞こえてきた。
消化管出血疑いの患者さんだろうか。
手術時間が決まっている手術部とは違い、救急では時間が読めない。
私は急いで準備を調え、処置室に入った。


私が介助に就く堀米先生の姿はなかった。
患者さんもまだ到着していないようで、私は軽く深呼吸をして、ふと、処置室の奥に目を留めた。
救急部のオペ室に、使用中のランプが灯っている。


「あの……須崎(すざき)君。あっちは、なんのオペ?」


すぐそこで輸液の準備をしていた、男性看護師に訊ねてみる。


「え?」


いきなり声をかけられた彼は、一瞬戸惑った様子でこちらを向いたけれど。


「ああ、オペ室ですか。頭部外傷患者のドレナージ術です。当直の一色(いっしき)先生が執刀しています」


一色先生とは、脳外科医局の准教授で、霧生君の直属の上司だ。
東都大学一の秀才と言われるスーパードクターで、オペの手技は抜群の安定感を誇る。
一色先生が当直でよかった。


「あ、看護師、誰が就いてます?」


胸を撫で下ろしながら、なんとなく気になって質問を被せる。


「オペ看の鹿野さんです。今日、呼び出し優先一番だったので、茅萱さんより先に呼びました」

「! そうなんですか」


須崎君はペコッと会釈して、点滴棒を押して奥のベッドに急いでいった。
< 102 / 211 >

この作品をシェア

pagetop