孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
私は、その背に頭を下げてから、再びオペ室を見遣った。


今日、操もオンコールだったのか。
いつもは寮で話せたけど、今年は私の不在が続いていて、オンコールのシフトも聞けなかった。
帰り、時間合うかな。
合えば、話がしたい。
古びた壁時計を見上げ、業務終了時刻を目算していると、ペタペタとリノリウムの床を踏む足音が聞こえてきた。


「あれ。今日はオンコールかい?」

「あ、堀米先生!」


処置室に入ってきた堀込先生が、私に気付いて声をかけてくれた。
私はシャキッと背筋を伸ばし、一礼する。


「先生の介助に入ります。よろしくお願いします」


堀米先生は消化器外科の講師で、現在三十五歳。
今までに何度か、オペでご一緒させてもらったことがある。
壮大な交響曲をBGMにオペをするのが好きな、ちょっとアーティスティックな先生だ。


「こちらこそ」


先生がそう返してくれた時、処置室にストレッチャーが運ばれてきた。


「患者さん入ります! 田辺(たなべ)輝夫(てるお)さん、六十三歳。消化管出血の疑いです」


ストレッチャーを押しながら、救急看護師がキビキビとバイタルを告げる。


「着いたか。じゃ、茅萱さん、頼むよ」

「はいっ」

「よ~し。CT撮ろうか」


堀米先生が救急看護師に指示を出し、私の肩をポンと叩いて追い越していく。
私もその後に続いた。
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