孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
でも、はっきりと自分の名前が出てきたせいか、こんなにざわざわした中でも、彼の声ばかりがまっすぐ耳に届く。


こういうの、地獄耳って言うの?
耳聡いとか、ほんと剛の言う通り、噂好きのオバさんみたい――自虐的に唇を噛む。


「やだなあ、そんな元カノ。その人、私のこと恨んでない? 変な言いがかりとかつけられるとヤなんだけどー」

「大丈夫。アイツ、三十だよ? 二十三のお前の前で吠えたら絶対的負け犬だし。惨めなだけじゃん。この三ヵ月なにも言ってこなかったし、そもそもそんなプライドのないことできないだろ」


わざとらしく声を潜めた彼女が、彼の返事を聞いて盛大に笑い出す。


「なにそれ、絶対的負け犬って。ウケるー」


高らかな笑い声が、鼓膜にキンキン反響する。
私は顔を伏せ、固く目を瞑った。
早く。早く行って――。
心の中で強く念じた途端。


「っ、え?」


渦巻くようだったざわめきが遠退いた気がして、私は驚いて目を開けた。
すぐ目の前に、誰かが立っていた。
逆光を浴びた人影が、私の視界に射し込む。
音や声が遠くなったのは、両手で耳を塞がれていたからだ。


「霧生……君」


喉を仰け反らせて仰ぎ、彼の名を紡いだ。
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