孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「ここにいたのか」

「っ、霧生……」


中途半端に、腰が浮き上がった。


「ナースステーションに行ったら、まだ戻ってないって、鹿野さんに教えてもらって」


スクラブの上に白衣を着た霧生君が歩いてきて、固まる私の目の前で、両足を揃えて立ち止まった。
私は糸で引かれたみたいに、腰を伸ばした。
呆けた顔で見上げる私に、霧生君は目を細めて微笑む。


「長時間、お疲れ様」

「っ、それは、霧生君の方が」

「うん。僕も疲れた」


眉尻を下げ、私の頭にトンと額をのせた。
彼の胸が鼻先まで迫り、私の心臓がドキッと飛び跳ねる。


「でも、ちょっと興奮してる」


すぐ耳の近くで聞こえる吐息に、速まる鼓動を気にしながら、


「……うん。本当に、霧生君すごかった」


私は、彼の背中にそっと腕を回した。
引き締まった胸に額をぶつけ、目を伏せる。


「君のおかげだ」


頭上からやや掠れた声が降ってきて、黙ってかぶりを振った。


「私は、なにも……」

「霞がずっとそばにいてくれたから、僕は挑めた」

「……?」


霧生君の大きな手に頬をくすぐられ、片目を瞑って顔を上げる。


「今までの僕なら、多少失語症が残るくらい大したことじゃないって、迷わず全摘出したはず。でも……君に伝わらなかった言葉を、思い出した」
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