孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
二月初週――。
午後から雪の予報が出ている、薄曇りの寒空の下。
酒巻さんが、病院の正面玄関を出て立ち止まり、休憩時間を使って見送りに出た私と霧生君……颯汰を振り返った。
荷物を持つ奥様に目配せをして下がらせてから、穏やかな笑みを浮かべる。


「霧生先生、いろいろとありがとうございました」

「いえ、そんな。お礼を言うのは、私の方です」


颯汰はほんのちょっと面食らって、背筋を伸ばした。


「オペが成功したのは、酒巻さんの話す意欲のおかげです。私たちに託してくださり、ありがとうございました」


三週間ほど前、脳動脈瘤クリッピングと覚醒下脳腫瘍摘出の同時手術が終わった後、酒巻さんには失語症の症状が認められた。
颯汰は毎日彼の病室を訪ね、時間が合うと言語聴覚士によるリハビリにも立ち会った。
術中に撮影したMRIの画像を元に、一色先生と幾度となく議論を交わし、今後の治療法を検討し続けていた。


幸い、酒巻さんの失語症は一時的なもので、一週間ほどで快方に向かった。
二週間経って元のレベルまで回復し、晴れて退院の運びとなった。


「霧生先生が、私の命と言葉を守りたいと言ってくれたからですよ」


酒巻さんは教育者らしい、どこか慈愛に満ちた瞳で颯汰を見つめた。
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