孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「あなた、そろそろ」


その時、奥様が呼びかけてきて、酒巻さんも応じた。


「すみません。正門にタクシーを呼んでいるので」

「あ、お引き止めしてすみませんでした」


颯汰が気を取り直し、一歩引いた。


「お気をつけて」


酒巻さんは頭を下げた私に目礼を返し、奥様と並んで歩き出した。
しっかりした足取り。
奥様が、ご主人を支えるように腕を取る。
寄り添い合って歩く二人の背中が、小さくなるまで見送って――。


「素敵なご夫婦だね」


私は両腕を前に出して身体を伸ばし、「ふう」と息を吐いてから、颯汰に声をかけた。


「うん。中学の時から……五十年以上か。すごいね」


彼もしみじみと顎を撫で、同意を示してくれる。


「でも、そうよね。一生だもん。これから、私たちもそのくらい……」


私は、自分たちと照らし合わせて計算しかけて、ピタリと口を噤んだ。


「え?」


顎から手を離した彼に聞き返され、慌てて背筋を伸ばす。


「ううん! なんでもない」


眉をハの字に下げて笑ってみせてから、くるりと回れ右をした。
素敵なご夫婦に憧れて、『一生』なんて意味深なことを口走ってしまった――。


私たちは、離婚無期限延期中。
心が通じ合った今、離婚する必要がなくなり、特に話題にしないまま、ずるずると契約結婚状態が続いている。
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