孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「じゃあ、夫婦らしいこと、する?」


曖昧に声を尻すぼみにした私を、霧生君が遮った。


「え?」


グッと身を屈めて顔を覗き込まれ、私は反射的に背を仰け反らせた。
長い前髪の向こうから、ほんの少しも揺らがない黒い瞳が、私をジッと見据えてくる。
なによりも先に心臓が反応して、ドクッと音を立てた。


「そ、それって……」


脳裏を掠めた答えが正しいか確認しようとして、声が喉に引っかかる。
霧生君は、ソファから降りた。
言葉に詰まる私の目の前に片膝を突き、スッと手を伸ばしてくる。


「っ……」


大きな骨張った手で頬を撫でられ、身体がビクンと震えた。
それでも、瞳の奥の奥まで射貫かれたまま、私は目を逸らすこともできない。


「僕は……君なら、いいよ」


そういう形に動く薄い唇を見て、意図せずこくっと喉が鳴った。
額が触れそうなほど近くで私を見つめていた霧生君は、それを返事と受け取ったのか。


「茅萱さん……」


私を呼びながら、ほっそりとシャープな顎を傾け、顔を寄せてきた。
唇に温かい温もりが触れて、私は小さく息をのんだ。
身体は凍りついたように動かない。


ただ、大きく目を見開いた。
近すぎて焦点が合わず、ボーッとぼやけた視界の中で、霧生君が長い睫毛を伏せる。
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