孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
論文の話というより、プライベートの誘いの様相が色濃くなったのは、聞き耳を立てていた私にも伝わってきた。
もちろん、霧生先生はもっと前から……いや、話しかけられた時点ですでに、警戒心を張り巡らせていたのだろう。


「ゆっくりお話は無理です」


話の途中で手洗いを終え、正面から向き合って遮った。
ハッと息をのんで見守る私の前で、高村先生は当惑気味に瞬きを繰り返し――。


「あ、あれ。霧生先生……ではなかったですか」


首を傾げて、あたふたと辺りを見回す。


「え?」

「すみません、私人違いしたみたいで……」


霧生先生は、彼女の言動に困惑した様子で、鏡の方を向いた。
そこに映る自分を見て無言で顎を摩る様に、私は思わず吹き出してしまった。
慌てて口元を両手で覆い、大きく深呼吸してから、


「高村先生。見学、お疲れ様です」


彼らの背後から近付いていって、声をかけた。


「あ、茅萱さん」


彼女につられて、霧生先生もこちらを振り返る。
しっかりキャップに収まっていた髪が、今はもっさりと額に下り目元を覆っている。
大きな丸い眼鏡をかけていて、レンズの向こうの目が、大きく歪んで見える。
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