孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
マスクをしたままなのもあり、パッと見はほぼ不審者だ。
先ほど見事にオペをこなした、知的でスマートな脳外科医の面影はどこにもないのだから、高村先生が『人違い』と言うのも十分理解できる。
私は、ほんの一瞬彼を視界に収めただけで、すぐ高村先生の方に向き直った。


「他の先生方、討論会始めるって行っちゃいましたけど、大丈夫ですか?」

「嘘、ヤバっ……ありがとうございます!」


彼女は目を剥いて、霧生先生に一礼してから、あっさり踵を返した。
そのまま、バタバタと準備室から走り出ていく。
その背中を目で追っていた霧生先生が、マスクを外しながら……。


「清潔区域で走るな。外科医向いてないな」

「……そうですね。埃立つし」


露わになった薄い唇を曲げて独り言ちたのを拾って、私は一応の同意を示した。
溜め息をついてから腕組みして、首から上だけムサいクマみたいな彼を見上げる。


「清潔不潔の領域を守れないという意味では、霧生君も……いえ、先生も一緒です」


霧生先生が、ひょいと肩を竦めた。


「キャップ、被ってたらよかった?」

「キャップだけの問題じゃないです。オペ中だけじゃなく、普段から見た目に気を配ってくださいってば……」
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