孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
そう――オペ中以外は、このもっさり姿が霧生先生の常態なのだ。
オペ前後で、先生の風貌が著しく変化するせいで、彼がこの病院に来て最初の一ヵ月で、手術室看護師の間では、『新任の霧生先生は、オペを終えると消えていなくなる』という都市伝説が生まれた。
スマートにメスを振るう凛としている方を『孤高の天才』と崇め、オペが終了すると元に戻るため、『脳外科のシンデレラ』とまで呼び出す始末。


先ほどの彼と高村先生のやり取りは、決して笑い話ではない。
初めて脳外科に来た女性研修医が、もれなく私たちと同じマジックに陥るため、オペ室では結構見かける光景なのだ。


「今の……デートのお誘いだってわからない?」


私は彼の隣の洗面台前に立ち、水道のレバーを足で踏んだ。
勢いよく流れる水に肘を突き出し、手洗いを始めると。


「それならなおさら、OKできるわけがないでしょ。僕には君という妻がいる」


軽く洗面台に腰かけてさらりと言われ、私はグッと詰まった。
水を止めて気を取り直し、ペーパータオルで手を拭いながら、身体ごと彼に向き直った。


「あと二週間で離婚するんだし。約束、入れとけばいいのに」
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