孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
困ったような顔をして、眉尻を下げる。


「あの……?」

「ま、今さらいいや」


説明を求めて言葉を挟む私を阻み、かぶりを振ってのみ込んでしまう。


「さて、と」


私の視線を振り切るように、掛け声をかけて立ち上がった。
両腕を突き上げて身体を伸ばし、


「ごめん、先に休む。今日、日勤なんだ」


それだけ言って、私にくるっと背を向けた。


「あ、うん。お休み……」


私はほとんど条件反射で挨拶を返し、リビングを出ていく後ろ姿を目で追う。
静かにドアが閉まるまで見守って、両腕を前に投げ出し、膝に額を預けた。


「今頃は、寮の狭い部屋に戻ってるはずだったのになあ……」


話を聞いても、胸はモヤモヤしたまま。
納得がいかないのは、離婚中止からの契約結婚継続か、それとも他のなにかか、自分でも断言できない。
霧生君の真意を探る以前に、自分の気持ちすら曖昧で、彼になにを言ってほしいのかもわからないけれど……。


一つだけ、心の中で淡い光を放って揺れる道標。
私は、霧生君のなにを覚えてないんだろう?
それがわかれば、今は謎でしかない彼の言葉の意味にも、理解が通じるかもしれない――。
< 99 / 211 >

この作品をシェア

pagetop