愛人でしたらお断りします!
「保育園の入園式なんです。今日くらいはゆっくりしてもらおうと思って、シュークリームの販売は午後だけなんですよ」
嬉しそうな表情で笹本は蒼矢に話しかけてくれる。
プライベートな話だが、誰かに喋りたかった様子でもある。
「入園式……?」
耳慣れない言葉を聞いて、蒼矢は戸惑った。
「そうなんです! 嬉しいもんですよね、子どもの成長って」
蒼矢が既婚者だと思っているのか、笹本は同意を求めてきた。
「そうですね」
無意識に、蒼矢も相槌を打ってしまう。
「うちの息子と、椿ちゃんのお嬢ちゃんの入園式なんです」
「えっ? 彼女に子どもが?」
「そりゃあ可愛いお嬢ちゃんですよ。ここの坂道を下ったところに保育園があってーー」
あれこれと説明してくれる笹本を前に、蒼矢は頭の中が真っ白になった。
意気込んで椿に会いに来たのに不在だし、笹本の口から‶お嬢ちゃん”という言葉を聞かされたのだ。
(まさか、この二年あまりで椿は結婚して子どもを産んでいたのか?)
考えが纏まらない蒼矢は、「では、また来ます」のひと言だけをなんとか告げると、笹本に一礼してシャトンを出た。