愛人でしたらお断りします!
空がうっすらと茜色に染まる頃、栢野家の門扉が開いて黒塗りの車が屋敷に向かって入ってきた。
廊下でお絵かきをしていたはすの娘が窓から車を見つけたのか、玄関に駆けて行く。
「パパ~」
「優愛さま、また転びますよ」
今度は幸子が慌ててついて行く。
そろそろ4歳になる優愛はずいぶんとお転婆さんだ。
引っ込み思案だった椿とは真逆の性格なのは、蒼矢に似たのだろうか。
幼稚園でもリーダーシップをとっているようで、男の子を従えているらしい。
「将来はどっちの会社を継がせようか」と、朔太郎は真剣に悩んでいるという。
お腹を抱えながら「どっこいしょ」と椿はソファーから立ち上がった。
三日ぶりに夫に会えると思うと、つい笑顔になってしまう。
椿が玄関に向かって歩き出すより早く、娘をヒョイと掲げるように抱き上げた蒼矢がリビングに入ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま、変わりないか?」
「はい。大丈夫ですよ」
蒼矢は日に日に大きくなるお腹を抱えた椿が心配でたまらないようだ。
予定日の頃には絶対東京にいたいから今のうちにと、ハードな日程で出張をこなしている。