愛人でしたらお断りします!
「無理だけはしないでくれよ」
椿の頬にチュッとキスをしながら、蒼矢がお腹に手を当てた。
そっと膨らみを撫でる手はあくまでも優しい。
「あ~ズルい! パパ、優愛にもちゅっして!」
「はいはい、可愛いお姫さまにも」
蒼矢は軽く優愛の頬にも唇を寄せた。
「さ、お着替えしてくださいね。お食事にしましょう」
自室に向かうために蒼矢は優愛をカーペットの上にそっと降ろしたのだが、娘は父親の長い足にくっつくようにして話しかけている。
「今日ね、優愛ね、ひいじいじのおうちに行ったんだよ」
「ひいじいじの家? ひとりで?」
「久保田さんとだよ」
仲良く話しながら階段を上がって行く父娘を見送ってから、椿は食事の準備に戻ろうとキッチンへ足を向けた。
(何気ないしあわせ……)
そんな言葉が椿の脳裏に浮かんできた。
家族が笑顔でいられること、食卓を家族揃って笑顔で囲めること。
その日々がこんなにも愛しいなんて思ってもみなかった。
一度はあきらめていた暮らしが、やっと椿にも掴めたのだ。
やがて生まれてくる子も加わって、椿のしあわせはまた少し膨らんでいくだろう。
丁寧に心を込めて作れば美味しいお菓子ができあがるように、今この手にある幸せも大切に守り続けていこうと椿は思った。