愛人でしたらお断りします!
「それは、どういう意味でしょうか?」
幸子が椿の言葉を聞いて怪訝な顔をした。
「蒼ちゃんはKUGAコーポレーションを継ぐ人だもの……そろそろ結婚するはずでしょう?」
「はあ、さようでございますかねえ」
幸子の返事は曖昧で、椿の耳には届かなかった。
「今は無理をお願いしてうちの会社にきてもらっているけど、一年以内にはKUGAに戻ってもらえるように頑張らなくちゃと思っているの」
ドレッサーに映る自分の平凡な顔を見つめながら椿はくっと唇を噛んだ。
「きっと蒼ちゃんにはすてきな恋人がいるはずだもの。いつまでも引き留めて結婚の邪魔してはいけないわ」
「そんなお相手がいるようにはお見受けできませんが」
「美しい人たちには、きっと私たちの知らない世界があるのよ」
椿は恋愛は自分とは別世界のものだというイメージを持っていた。
幼い頃にからかわれたせいで、椿が自分の容姿に抱えるコンプレックスは根深いものがある。恋は綺麗な人たちの特権だとさえ思い込んでいた。
(蒼ちゃんにもきっと美しい恋人がいるだろうし、彼女との未来があるはずよ)
「……それなら、椿様が蒼矢さんの奥さまになられればよろしいのでは……」
「ありえないわ。私じゃあ蒼ちゃんには相応しくないもの」
「そんなに決めつけなくても……」
よしよしと宥めるように、幸子は椿の頭を撫でていた。
幸子から見て椿は娘のように可愛い存在だが、どうも思いつめてしまう性格なのが気にかかるようだ。
「私が蒼ちゃんと並んだら笑われちゃうわ。釣り合いが取れない……」
蒼矢ほど家柄もよくて実力があって、しかも見とれるほどステキな人なら
どんな大企業の令嬢でも妻に選べるだろう。
自分は特別に賢くも美しくもないのだ。椿にだってそれくらいはわかっている。
「椿様……」
久保田は残念そうに呟いた。
蒼矢の態度を客観的に見ていれば、彼が椿を特別に扱っているように感じられるのだが、まったく椿には伝わっていないらしい。
可哀そうなのは椿なのか蒼矢なのか、久保田には答えが浮かばなかった。