愛人でしたらお断りします!
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「蒼矢さん、お疲れさまでございました。」
この日も、一度久我家に戻った蒼矢が枝折戸を通って栢野家にやってきた。
事情を良く知る久保田夫妻は、いつも丁寧に蒼矢を出迎える。
彼らにしてみれば、両親を失って途方に暮れていた椿を支えてくれた恩人だ。
蒼矢の椿への献身的な努力には、頭が下がる思いだった。
「椿は?」
「今、着替えておられます。ご一緒に夕食にいたしましょう」
「ありがとう、久保田さん」
「いえいえ、蒼矢さんは椿様のナイトでいらっしゃいますもの」
「ナイト?」
聞きなれない言葉に、思わず蒼矢は聞き返していた。
「いけ好かない親戚や年寄り連中からお姫さまを守ってくださっているんでしょう?」
幸子は使用人というより家族も同然だからか、遠慮なく思ったことを口にする。
「ああ……仕方ないだろ、アイツは小さい頃から危なっかしいからな」
幸子はニコニコしながら蒼矢をダイニングに案内する。
心の中では蒼矢が椿の恋人になってくれたらと思っているが、使用人としてはなかなか口には出せない。
せめてふたりで過ごす時間は大切にしてもらおうと、椿を呼びにいった。