愛人でしたらお断りします!


17時過ぎたらディナーの準備があるので、この部屋を空けなくてはならない。
彼から指定された15時より前に来たのだが、一時間近く待ちぼうけだ。

(やっぱり、忙しいのかな)

彼女が待っているのは『総合商社KUGAコーポレーション』の御曹司で、ニューヨーク支店に勤務していた久我蒼矢(くがそうや)だ。
蒼矢は椿より6つ年上の29歳になる。
祖父が社長、父はヨーロッパ総局長、彼自身は大学時代にアメリカに留学してMBAを取得している。そのままずっと向こうが生活の拠点だから、日本にはめったにいない。その人が日本に帰ってきたと聞きつけたのだ。


東京都内でも有数の高級住宅地に隣同士で屋敷を構えている栢野家と久我家は、古くから親しく交流していた。まるで親戚のような関係だが、今のところ血縁はない。
蒼矢の両親は仕事で海外に行くことが多かったので、彼は幼い頃から祖父母と暮らしていた。
当時の蒼矢は久我家よりも栢野家がお気に入りで、学校から帰ったら入り浸りだった。
だから幼い頃の椿は蒼矢に遊んでもらったり、勉強を教えてもらったりしたものだ。
ひとりっ子だった椿には、彼は誰よりも頼れる存在だった。

今、椿は人生最大のピンチに遭遇している。
だからこそ『蒼矢が助けてくれたら』と一縷の望みを抱いたのだが、彼が自分の頼みを聞いてくれるかどうか自信はなかった。



< 3 / 129 >

この作品をシェア

pagetop