愛人でしたらお断りします!
9月に入ったある日、蒼矢に急用が入ったらしく帰宅後の勉強会は中止になった。
いつもより早く自宅に帰ってきた椿は、意気込んでキッチンへ向かう。
「おや、どうなさったんですか? 椿様」
帰り支度をしていたコックの宮崎が驚いて声をかけてきた。
「今日は気分転換がしたくて……」
「それでしたら、お手伝いをいたしましょうか?」
「ありがとう、宮崎さん。でも、それじゃあ気分転換にならないわ。
私も料理人の端くれだから、ひとりで大丈夫ですよ」
エプロンをつけながら、椿はもうニコニコ顔だ。
社長に就任してからも、時間が許す限り椿はキッチンに立っていた。
新しいレシピを考えたり、大好きなお菓子を作ったりすることでストレスを発散させていたのだ。
今日の椿のウキウキした顔を見て、これはひとりの方がよさそうだと宮崎は先に帰ることにした。
「わかりました。お好きに材料を使ってください。どうぞ楽しんで」
「明日、味見をお願いしますね」
ひとりになると、椿は心おきなく菓子作りに励んだ。
ここはもう、椿だけの世界だ。
まずは、シュークリーム。そして、レモンメレンゲパイ。
卵の黄身を使ってカスタードクリームを作り、残った白身をパイ用のメレンゲに使う。
パイ生地はいつも冷凍しているからすぐに作れるし、パイ用のクリームは全卵で作るからあっさりした味わいになるのが椿流だ。
商品としてではなく自分の趣味ならではの無駄のなさが椿のレシピだ。
レモンのサッパリした風味が蒼矢に好評だったケーキでもある。