愛人でしたらお断りします!
諍い
毎年秋に、月を鑑賞しながら銘菓を味わう菓子業界のパーティーが開かれる。
この年の中秋の名月は例年より少し遅く10月に入ってからだった。
会場となるのは広大な庭園を有する格式ある都内のホテルで、椿も蒼矢と出席する予定だ。
椿はパーティーは大の苦手だが、両親の百箇日法要も過ぎていたので喪中という言いわけも使えない。
社長就任後に取引先には個別の挨拶回りをしていたが、この肩書きで大きな会に出席するのは初めてとなる。
当日の夕方、会場へ蒼矢と向かう椿はかなり緊張していた。
今日の椿は控えめなベージュのスーツを着ている。
胸元に覗く総レースのブラウスだけがほのかに女らしい装いだ。
社有車の後部座席に蒼矢と並んで座っていても、表情は硬いままだった。
「俺がいるから大丈夫だ。落ち着いて」
「蒼ちゃん、側から離れないでね」
「ああ」
蒼矢といくら約束しても、椿には笑顔でいられる自信はなかった。
ホテルに到着すると、さっそく会場となっている和風庭園にふたりで向かった。
椿が飛び石で躓きそうになったら、すかさず蒼矢が支えてくれる。
「あ、ありがとう」
「ゆっくり歩けばいい。その方が落ち着いて見える」
「うん」
夕方から夜にかけてのパーティーとあって庭園では篝火が焚かれていた。
着飾った紳士淑女で溢れて、ずいぶん賑やかだ。
緋毛氈が敷かれた小舞台では琴の演奏も始まっている。
名月を愛でるというのは建前で、社交の場としての集まりなのだ。
国内の主だった菓子メーカーの代表もいれば、流通大手から百貨店などの商業施設関係者も家族連れで参加している。
若い世代の交流という名目のお見合いの場も兼ねているので、会場には独特の熱気があった。