愛人でしたらお断りします!
そもそも栢野家の問題なのだから、蒼矢を巻き込むべきではないと椿にだってわかっている。
(でも、どうすればいいのか……)
また、椿はため息をついてしまった。
『幸せが逃げるわよ』と母に言われた言葉が脳裏をかすめたがかまわない。
もう、この世に母はいないのだから。
椿がしんみりとした時、入り口のドアがバタンと大きな音を立てたかと思うと、いきなり男性が飛び込んできた。
「きゃっ」
思い出に浸っていた椿は驚きのあまり、椅子から飛び上がってしまった。
ノックもなく入って来たのは、椿が待ち望んでいた蒼矢だ。
「悪い、中々手が離せなくて……」
蒼矢は背が高い。細身に見えて意外に肩幅は広く筋肉質な体型だ。
上質なイタリア仕立てのスーツがよく似合い、男性ファッション誌のモデルのようだ。
やや長めの前髪は少し毛先が跳ねていて、彼が急いでここに来たことが伝わってきた。
「そ、そうちゃん……」
彼の怜悧なまでに整った顔が、やけに懐かしく感じた。
彼の顔を見たら、安心したのか涙が零れてきた。
「ありがとう……来てくれて、ありがとう」
それ以上の言葉は、この時の椿には浮かんでこなかった。