愛人でしたらお断りします!
「あの、まだ仕事がありますので、私はこれで失礼いたします……」
軽く会釈をして立ち去ろうと思ったが、上手くいかなかった。
「お逃げになるの?」
あかねが挑発的な言い方をしてきた。
「蒼矢さんをどんな理由で縛り付けているか、言い訳なさらないのかしら」
「きっと、うしろめたくて私たちになにも言えないのね」
ますます彼女たちの話はエスカレートしてきた。
周囲には、『なに事か』と聞き耳を立てている人たちの姿も見える。
美しい令嬢の真ん中に立たされているのは、ぱっとしない地味な人間だ。
だから余計に注目を集めているのだと思うと、椿は泣きたくなってきた。
「蒼矢さんを返していただけないかしら?」
「返すって……蒼ちゃんはモノではありません!」
品のない話が蒼矢自身のことに及んだので、思わず椿はカッとなってしまった。
椿の様子を見て、いっせいに彼女たちが笑い転げた。
「お聞きになった? そうちゃんですって!」
「どこのお子さまかしら、まるで5歳児ね」
「し、失礼します」
いたたまれず椿が走り出すと、運悪くトレーにワインを乗せていたウエイターとぶつかってしまう。
「あっ⁉」