愛人でしたらお断りします!
グラスはトレーから落ちはしなかったが、倒れてしまって赤ワインが零れた。
椿は赤い液体を肩のあたりからまともに被ってしまう。
周りの人たちから驚きの声と、それに交じって嘲笑も聞こえた。
「まあ、お気の毒に……」
「お早くお帰りになって着換えないとみっともないですわ」
あかねの取り巻きたちは少しも気の毒だなんて思っていない口調だ。
スーツを汚した椿の無様な姿を見て笑っているのだろう。
「椿さんたら、そそっかしくていらっしゃるのね」
「その恰好じゃあ蒼矢さんには釣り合いませんわよ」
棘のある言葉に送られて、椿は唇を噛みしめながらその場を去った。
(泣いちゃだめ、泣いちゃだめ……)
スーツを汚しただけでなく、椿の心は傷ついて血を流している。
なんとか人目を避け、庭園からホテルの一階に滑り込んだ。
椿は彼女たちの発言は、あらかた間違いではないと思っている。
全て自分が至らないせいで、ここまで言われてしまうのだ。
彼女たちほど美しくもないし気の聞いたセリフも浮かんでこない。
言われたら言われっぱなし……ひと言だって切り返せない。
幼い頃に久我家のパーティーで味わったのと同じ気持ちだった。
(だけど、だけど……)